「ドリ」

練習が終わってまさに家路につこうとしていた緑川を達海が呼び止めた。監督である達海の声に逆らう理由もなく、緑川はくるりと振り返って達海に向き直る。

「なんですか、達海監督」
「んー、ちょっとね、ドリに触りたくて」
「はあ……?」

ゆっくりと、思ったよりも近くにきた達海が、緑川の肩から腕に触れた。
意図がわからないが考えあってのことだろうと思いじっとしていると、腕を掴んだまま達海が満足そうな顔をする。「鍛えてるね」と、話し方もゆっくりと伸ばした達海に、緑川は曖昧な苦笑を見せた。
(そんなに触らないでくれよ)
思いを誰にも言ったことはないが、緑川からすると実は達海は監督であり、思い人。
好きな人にこんなにスキンシップされると、相手からはなんとも思われていないことを思い知らされるようで辛い。
しかし振りほどくことも出来ず、緑川がふうと息を吐くと、達海はようやく緑川の腕を解放した。

「ドリなら、俺ぐらい簡単に抱えられそうだ」
「そりゃ楽勝だと思いますよ」

夕日にきらっと光った達海の瞳が眩しく、緑川が目を細めると、達海は悪戯を思い付いたような顔で笑う。
ここ最近ずっと見つめているからわかる、達海が本当によくする、子供みたいな表情。
可愛いな、と男に対する感想としてはふさわしくない感想を緑川は心の中で呟いた。

「そう?意外と重いよ、俺」
「大丈夫ですって」
「……言ったな?」

言いましたとも。緑川がそう言おうとした時、目の前の達海がすっと緑川の肩に手をのせ、背伸びをする。
ちゅ。
そんなかわいらしい音が緑川の耳に飛び込んで、普段はほとんど動じない心がフリーズした。
ひょこっとまた一歩下がって距離をあけた達海が、緑川を見て満足げに笑う。
キスされた。そうやっと理解した緑川が達海を見ると、達海がしたり顔で言い放った。

「俺、ドリが好きなんだよね」

受け止めてくれる?と続けられた言葉に二、三度瞬きをしてから頷き、緑川が手を伸ばす。
あまりにふわりと気持ちが浮いたせいで、気の利いた台詞のひとつも浮かばない自分を責めつつ、緑川は手を取ってくれた達海を抱きしめた。

「この手で良ければ」





end


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