「達海さん」
「はいはい?」
お昼休憩中のことだった。
いつものようにサンドイッチとジュースを持って暖かい場所を探していた達海に、椿が声をかける。
「今、あの、大丈夫ですか」
「いいけど……なに、お前みんなと昼ご飯食べると思ってたんだけど」
ここだと決めた芝生の上に、今まさに座ろうとした微妙なポーズ。そのまま振り返ると、椿がなにやら難しい顔をしていたので、達海は苦笑して椿と向き合った。
「違うんス、でも……あ、やっぱいいです」
「いいよ言えって。……それともここじゃ駄目な話?」
そう軽い調子で達海が言うと、悩んでいた様子の椿は周りを確認してから達海の手を取る。
「来て下さい」
「え、おい、椿……?」
椿に強い力で引かれるままに連れてこられたのは達海の部屋。
「こっちっす、達海さん」
強引な椿に達海が戸惑っていると、部屋の中に入った椿は達海を引き、抱きしめてから戸を閉めた。
そしてそのまま座り込む。
「つ、椿?」
昼とはいえ、電気もつけずに薄暗い部屋の中、息も出来ないような緊張感にひたすら達海が耐えていると、椿は達海の肩に顔を埋め、すうっと息を吸った。
「……達海さんのにおいだ」
「お前……」
ひどく嬉しそうな声に、それまでの空気ががらりと崩れ、達海は体から力を抜いた。
椿はというと、達海の脱力には全く気付かず、達海さん達海さんと名前を呼びながら肩にぐりぐりと額を押し付けている。
「椿。……おい、椿」
呼びかけにも応じず、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる椿。
達海は少し躊躇ってから、しかし容赦なく椿の頭を叩いた。
「椿!」
「いたっ、……あ、ハイッ!」
「…とりあえず、いったん離れろ」
命令口調で達海が言うと、すっかりいつもの椿はそれに従って達海の前に正座する。
そして、達海が問いただす前に話し出した。
「すみませんっした!……三日、達海さんとあんまり話せてないだけなのに、俺、俺、我慢出来なくなっちゃって」
眉を情けなく下げて、椿が白状する。
(……三日の大きさが違ったのかな)
達海からすれば三日ぐらいのものだが、椿からすればとても長い時間だったのかもしれない。
おまけに常日頃、愛情表現が足りないと言われがちな達海だ、自分に自信のない椿が不安になるには十分すぎる時間だったのだろう。
実際その通りだったらしく、まだ何も話さない達海を、いよいよ泣きだしそうな椿が見つめる。
「ほんとに、ほんとに俺、……達海さんのことが、大好きなんです……」
やはり歳の差からか、こういう些細なことで椿が右往左往することは多く、達海は苦笑した。
(悪いことした)
そして、くしゃりと椿の真っすぐな黒髪を撫でる。
「俺もお前が好きだよ、椿」
「……ほ、んとですか」
「ホントホント」
達海が「おいで」と両手を広げて椿を呼ぶと、情けない顔の椿が達海に飛びついた。
「達海さんっ」
「なに、椿。……にひひ」
大型犬みたいだ、と思いながら達海も椿を抱きしめかえす。
試合がつまっていたのもあったが、よく考えてみるとろくに話もしていなかったと達海は改めて反省する。
いいこだ、と椿の頭を撫で、椿の肩越しにカレンダーを見上げた。
次の試合のだいたいの作戦は決まっている。あとは選手が出来上がるのを手助けするだけ。
(……こいつも頑張らなきゃなんだけど、まあいっか)
勝手に自己完結し、達海はぽんぽんと椿の頭を今度は優しく叩いた。
「つーばきっ」
「……なんすか?」
「今日、泊まっていってもいいよ」
ええ、と叫んで椿が肩を跳ね上げる。予想通りの反応に達海は声を上げて笑い、付け加えた。
「ただし、昼からの練習で俺に注意されないぐらい良い動き見せたらな」
聞くなり、また違う調子で椿が声を出す。無理もない。午前中は椿が一番声をかけられていたのだから。
達海がにやにやとしていると、うー、と達海の首辺りで唸ってから、椿はぷるぷると頭を振った。
「……いや、頑張りますから!」
「ホントお前……にひひ」
二人の世界を壊すように、そこで昼の練習の開始を告げるアナウンスが流れる。
「あ、ほら先行け、椿」
はっと気付いた達海がそういう
と、名残惜しそうに離れた椿は最後にそっと達海の唇にキスをした。
「楽しみにしてますから、俺!」
そして椿は、風のように達海の部屋から飛び出していく。
そのあんまり嬉しそうな顔に、達海はなぜか赤くなった頬をこっそり両手でおおってため息をついた。
これだから、読めない奴は困る、と。
end