明日も練習があるから晩御飯だけ一緒に食べようとラーメン屋へ行った帰り。すっかり辺りが暗くなったことを確認して、椿は勇気を振り絞って達海の手を握った。
達海もそれに何か言うことはなく、ただ、可愛いなあと若い恋人を和やかに見つめていたのだが、ほんのり甘い空気は椿の声に切り裂かれた。
目の前の気弱な人物が出したとはとても思えない大声に、達海はタレ目がちな目を見開いた。

「え、今の……椿?」

大きな、怒った声。それにただただ達海が驚いていると、椿はいつものように謝るではなく達海に背を向けて駆け出した。

「……はや」

そのままぽつんと道路に残された達海は、少し立ち止まってから再び歩きだす。
(……あれか、……あれがまずかったかあ…)
椿が怒った原因となった自分の言葉を繰り返してみて、達海は苦笑した。怒る気持ちも無理はないような台詞だ。
(だけどこれも、俺の気持ちなんだよね)
暗い空を見上げると、首筋が少し寒い。すっかり秋の空、風が冷たかった。



「……よーす」
「あ、……お疲れ様です」

練習が終わった椿を達海が待ち伏せる。もう機嫌も直っているか、もしくは謝ってくるかと思って声をかけたのだが、椿は一度達海を見てからふいと視線をそらした。

「……俺、謝らないですから」

感情をストレートに表してくる時の椿はなかなかに男前で、達海は嫌いではない。
(この顔も、見んのは初めてだ)
怒った顔も悪くはないけど、と達海はもう一度昨日の言葉を繰り返した。

「……椿、ああいう子が似合うんじゃねえの、いいと思うけどね」

改めて口に出すと、椿がびくりと反応する。
それは昨日の帰り道、すれ違った女性を椿がおもむろに振り返った時だった。
椿、どうした?達海がそう聞くと椿は、いえ、手にたくさん絆創膏が貼ってあったので気になっちゃってと返したのだ。
そして、達海が先程の言葉を言った。達海としてはただからかっただけだったのだが、椿からすればそれでは済まなかったらしい。

「なあ椿、そんなに怒る台詞かなあコレ」
「……怒ります。いくら、監督、達海さんの言葉でも」

ぎゅっと自分の拳に力をいれ、椿が達海を睨んだ。

「たとえ達海さんがそうじゃなくても、俺は達海さんが好きなんです。だから……そんな人に、冗談でも他の人と似合うだなんて」

言ってほしくなかったと最後の方は小さな声で椿が言う。

「そうか……悪かった」

ぽん、と椿の肩を叩いて、達海は苦笑した。

「でもな、あれも俺の本音っていうかさ」
「達海さんっ」
「あー、あー待って、聞けって。……もうホラ、この歳で恋愛とかって正直めんどいわけな」

達海がそういうと、椿は明らかにショックを受けた顔をする。そういうところが可愛いなあと、今度は椿の黒髪をくしゃりと撫でる。

「……もう真っ向から失恋なんてしたら、立ち直れねえの。だから、お前がいなくても全然平気ってフリぐらいはしておきたい」

いつか椿が他の誰かを好きになった時に、『お前なんてもういらねえ』と蹴飛ばせるように。年上のプライドだ、と言ってから達海は、ふと自嘲した。
(ノーダメージなんてとっくに無理だったんだな)
口にすれば、自分の想いが椿に向いていることがよくわかった。
にひ、と達海がごまかすように笑うと、椿はおそるおそる達海に手を伸ばす。

「失恋なんてさせないです」
「椿」
「俺が、毎日、何度でも達海さんに好きって言うから、……信じてください」

そしてぎゅっと達海を抱きしめる。普段はその態度のせいか実際よりも小さくさえ見える椿だが、こうされてみるとちゃんと現役の選手で、力強い。

「……今日はかーっこいいのな、椿」

しかしそう言って達海が椿を抱きしめ返すが、椿から返事はない。

「つばき?椿……え、体熱くなってきたんだけど、お前まさか今ので照れたの」
「だだ、だって達海さんにあんまり言われないから……」
「かっこいいって?」

椿がこくこくと頷くのを感じながら、達海は頬を緩める。
いつの間にか、終わることを考えずに、椿の勢いに任せて恋愛をする気になっている自分を感じていた。

「にひ」
「達海さん、あの」
「ああ心配しなくても、今の椿は別にかっこよくないからな」
「えええーっ!」

あたふたと、いつもの椿に戻った彼の背中を撫でながら、達海はその首筋に顔を近付ける。

「お前は可愛いくらいでちょうどいいよ」

願わくば、これが最後の恋になりますようにとそんなささやかな願いをこめて、達海は椿の首にキスをおくった。






end

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