「ハニー」
突然の慣れない呼び方に反応出来ずにいると、目の前まで来た彼がもう一度言った。
「ハ・ニ・イ」
「……なに、何か企んでるの、タッツミー」
「人聞きの悪い……ちょっとジーノの真似しただけ」
そう言うと、人がせっかく読んでいた本を邪魔だとばかりに押し退けて、彼が隣に座ってくる。
「ど、どうしたの、頭打った?」
「失礼だなホント。ちょっと寒かったの」
体は密着しているのに、顔は全くこちらを見ないでツンとしている彼。
こうなっては仕方ないし、まあなかなか無いシチュエーションではある。なのでまだ読みたい気持ちはあったけれど、読書の秋に相応しい、少し哲学的で、同じくらいロマンティックな本に栞を挟んだ。それを机に置いて、珍しく自分からくっついてきたタッツミーの肩に腕を回す。
なるほど少し冷えてる。
「薄着してるからだよ」
「まだいい。まだこれでいーの。今これ以上着るの、負けたみたいでヤダ」
何に負けるのさと言いかけて、絵本を思い出した。北風と太陽に立ち向かう人がこんなに身近にいるとは思わなかった。
「タッツミーはすごいねえ……」
「その言い方……、馬鹿にしてんな」
「ふふふ。まあ好きなだけくっつくといいさ」
彼の背中を撫でる。男と女の体の違いなんてあんまり気にしたことがなかったけれど、タッツミーとこうなってからはたまに感じたり、感じなかったり。
今も薄着の背中を撫でながら、ああ女の人は柔らかかったんだと実感していた。
タッツミーの背中は、なんというか、骨っぽい。かなり男性らしいのに頼りないのは痩せているからか。
ただただぼんやりそう思っただけなのに、変に鋭い彼はそっぽを向いていた顔をこっちに向けた。一気に距離が縮む。
「男だから抱き心地悪いだろー、ニヒヒ」
「どうして得意げなの?男とか女とか、多分あんまり違わないと思うよ」
「……本当は?」
「んー……硬くて、たまにちょっとびっくりしてる。ちょっとだけね」
「俺も一緒。ま、そんなに女にも抱きしめられてたわけじゃないけどさ」
誰かさんと違ってぇー、と語尾をわざと伸ばしてタッツミーが言う。不機嫌になるかと思うとキスをされた。
「タッツミーのキスは、羽みたいだね」
「お前のそう……ストレートに物足りないって言わないとこ、結構好きだよ」
「ありがと。ボクもキミが好き」
せっかく褒められからキスを返そうとすると、さっと避けられて少し傷付いた。こんなに近くで抱きしめあって、なのに後一歩、あまあまな感じにならないのは何故だろう。
「……キス。返すから受けとってよ、タッツミー」
照れか。照れているのだろうか。なんと可愛い。どっぷり、ロマンティックの秋に浸した頭でそんなことを考えていると、タッツミーはぶんぶんと首を振った。
「いらないいらない、お前にやるよ……っくし!」
腕の中にいる彼が盛大にくしゃみをする。
前言撤回だ。鼻水を垂らした姿に何もかも吹っ飛ばされてしまい、手近にあったひざかけをとりあえずタッツミーの肩にかけた。
「もー!上着着なさいってば」
「……ゴメン」
反省した様子の彼を見つめてため息をひとつ。自分は好きな人に関してはそれなりに心配性だし、彼は見事にボクを心配させてくれる人で。
それもそれで悪くないやと思いつつ、さっきよりおとなしい彼を抱きしめる。色っぽいではなく、じゃれるように、少し雑に。
「許してあげる。ねえ、もう少し柔らかくなってもいいんだよ、タッツミー。こんな痩せっぽちでキミ、冬を越えられるの?」
脂肪が足りなさそうな腕を摩る。いわゆる一般男性とあまり会わないからよくわからないが、とりあえず彼は知人の中では細い部類に入ると思う。
彼が寝床にしているあの小さな部屋に、暖房はちゃんとあるのだろうか。
「……凍えてたらあっためてくれるんだろ。それに柔らかくなるのはまだ先でいいや」
全力で体に気を使うほど歳取ったつもりはない、と勢いよく言った彼。そう言った割に寒そうな体を撫でてあげて苦笑いを浮かべると、タッツミーはニヤリと笑った。
「もうちょっとだけ、歳を取ってからね」
「じゃあそれを確かめられるのを楽しみにしてるよ」
すり、と彼の額に顔を擦り寄せて、細くて硬い体を抱きしめる。まあ硬くても、これはこれでもう好きなんだけども。
タッツミーからも絡められた腕を取って、抱きしめあう。さっきより自分もあたたかくなって、穏やかな気持ちになった。
緩めた目元で彼を見つめる。この目に映っている彼が、もし、と、ふと思ってぼんやりと肉付きのいい彼を想像した。
してからはっと目を見開く。
「……柔らかいのはいいけど、あんまりおデブは、ちょっと」
この先もずっと、愛する自信はあるけれど。そうおそるおそる言ってみると、タッツミーは「王子なのに器が狭い」とからから笑った。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -