「そういえば後藤、彼女でも出来た?」
達海に資料を渡し、背を向けてからかけられた第一声。その声に勢いよく後藤が振り向くと、大袈裟な反応に笑った達海は自分の鼻を指差してみせた。
「なーんか……甘い香水のにおいがする」
「……あ」
「よかったじゃん、にひひ」
そう言うなり達海は手にした資料をばさりと振り、踵をかえす。
独り身じゃあ寂しいもんね、そんな平坦な声を慌てて追いかけた。
そりゃ独り身は寂しいけれど、いや、だからお前が欲しいと何度言ったと思ってるんだと心の中の独り言は煩く騒ぐ。
「……おい、誤解だ達海。これは多分さっき話した記者の」
「別に隠さなくてもいいのに」
「隠してない」
今にも部屋の扉を開けて、するりと中に隠れてしまいそうだった達海に追いつき、扉が開かないよう片手で押さえる。
それからもう片方の手でこめかみを押さえた。頭が痛い。
「……俺は達海が好きなんだけど?」
もう何百回も言ってはのらりくらりとかわされ続けている言葉を、改めて達海に言う。目の前でへらへらしている顔のせいでここのところ、胃が痛いし頭も痛いし、ついでに心臓も不調。満身創痍だ。
「ひひ、知ってるに決まってんじゃん」
「……じゃあなんで」
人を見事に骨抜きにしているのをきっとわかっているのだろう。
にいっと猫みたいに笑う達海は、意外な返事に扉を押さえていた腕の力が抜けた瞬間を見計らって部屋に隠れてしまう。
「お、おい、達海」
慌ててドアノブを引くと、中から扉一枚分小さくなった声がした。
「俺、後藤の慌てふためいてる顔が大好きなの」
顔なんて見なくてもわかる、楽しそうな声を部屋に響かせる達海。
またからかわれたとひくりと頬を引き攣らせた瞬間、かちゃりとドアノブが回った。
「あ、後藤『が』じゃないから、調子乗っちゃ駄目だかんなー」
「たつ、……み」
ひょこりとドアから出た顔は、そう言うなりすぐに引っ込んでしまう。
調子に乗るなと言われても。
気まぐれにこうして飴を与えてきたり、まるで興味のないふりをしてみたり。達海は本当に、人を操るのが上手い。
「……達海?」
部屋に入って抱きしめてもいいですか、と薄い扉を二回ノックする。
「なあに、後藤」
抵抗なく開いた扉の向こうで、甘えた瞳の達海が笑っていた。