「モテる秘訣はいつでも、どこまでもスマートに。来るもの拒まず、去るもの追わず。
それがモットーだったのに、とジーノは苦笑した。
今まさに、自分から離れて行こうとする相手を、その現実をまだ認められていなかったからだ。

「……手、離せよ」
「やだ」

聞き分けのない子供のような弱り切ったジーノの言葉に、達海は困ったような顔をする。
困らせているのはわかっていた、だけど抱きしめたこの体をなかなか離す勇気が出ない。
いなくなるとわかってはじめて、こんなに唯一の存在だったと知るなんて。僕もまだまだだ。うまくいくばかりが恋じゃないのに。

「嫌だよ。離したら君はいなくなっちゃうじゃない」
「……うん、そうだけど」

夜の闇のせいだけでなく、なんとなく暗い部屋の中、背中から抱きしめた達海の体から力が抜ける。
泣きたい。もう彼から必要とされなくなってしまったことが、胸をえぐった。
この腕と扉から出た後、きっと彼は振り返ることもなく、光の方へ歩いて行ってしまうのだろう。

「ジーノ、……わがまま言うなよ」
「わがままなのは君が一番知ってるはずでしょ」
「……うん」

頷く動作が、抱きしめた体から伝わる。腕から離れようと彼が体に力を入れたことも、それをどうしようもないことも伝わる。
だから何度も、抱きしめた背中に、行かないで、と不格好に潰れた声をかけることしか出来なかった。
終わりが来るなんて思っていなかったし、今でも信じられない。だけど、彼の体が、心が、まるで自分の知らないもののような感覚を、頭のどこかではわかっていた。
どこで間違ったんだろう、僕らは」

「……ジーノ、邪魔」

つらつらと続いていたジーノ作の物語を遮り、聞き飽きたと腕の中でドスのきいた声を出す達海。呆れ返った達海の頬に、ひどく悲しそうな顔を擦り寄せてジーノは嘆いた。

「だって寂しいじゃない!」
「コンビニぐらい行かせろ!」
すぐさま跳ね返すように返事をして、達海がもがく。
少ない休みの日でせっかく二人きりなのに、片時も離れたくないのに、と言ってもまるで彼は聞いてくれない。

「おつまみならあるでしょう!」
「もっとジャンクなのが食いたいんだっての」
「……どうして今なのさ」

黙ったまま肩をぐいぐい押して、達海の体が腕から抜ける。
すぐ帰ってくるというのはわかっていた。わかっているけれど、だからって嫌じゃないわけじゃない。
手の平に残る達海の体の喪失感をぎゅっと握りしめて、すくっと立ち上がった達海を見つめる。
その明らかに臍を曲げた視線に、達海はふ、と息を吐いた。

「あーもー…めんどくさいから一緒に行こう、ジーノ」
「……どうしても?」
「どうしても」

ほら、と伸ばされた手を渋々掴むと、彼にしては珍しく指を絡めてくる。はっとして見つめると、視線にさらされていたたまれないと言いたげな横顔。

「……ふふふ、何でも買っていいよ」
「現金過ぎるだろ、お前」
「僕もそう思う」

それぐらい君のことが好きなんだよ、と言うと、達海が肘でジーノを小突いた。
だからお返しに、繋いだ手に力を入れて笑う。
今だけは独り占めさせてね、と囁きながら。

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