「……ほんとに帰ったのか、あいつ」
なにがきっかけだったのかわからない。なのに始まってしまった喧嘩はお互いを傷付けた。そして結局達海の方が口が立つ分、より椿にショックを与えることになって、達海はクラブハウスの前に立ち尽くす。
見ると、いつも椿が楽しそうに乗っている、彼の自転車がなくなっていた。
帰ってしまったのだ、椿は。
「ああそう、まあ仕方ないよな」
こんなことで潰れる仲ではない。だから頭が冷えるまで放っておこう。
そういくら思い込もうとしても、足が部屋に入ろうとしない。足元はサンダルで、肩にひっかけたのは薄い上着。寒いはずなのに、達海の足が勝手に歩きはじめた。
「別に俺は悪くなかったんだよ、多分……多分」
さくさく、まだ寒く暗い外を歩き続ける。走れない足で自転車に追い付けるわけもないけれど、歩かずにいられなかったのは、多分。
「……あやまんねーと」
本当の気持ちを呟いたら、一気に達海の体が加速する。
ただ一言、言いたい。
ぺたぺたと足音を立てて歩いていくと、サンダルの足が光に照らされ顔をあげた。
「なんて格好で歩いてるんですか、怒るッスよ」
持ち主のように頼りない自転車のライトに達海は笑いかける。
考えることが同じらしいことがうれしい。
だから、もう怒ってんじゃん、なんて言葉は飲み込んで口を開いた。
「ごめんね、椿」
ごめん、椿。そう繰り返す度に、椿との距離がどんどん縮まって、ぶつかる。
「俺も、ごめんなさい」
たつみさん、と自分の名前を呟いたあたたかい体に抱きしめられながら、達海は息を吐いた。
こうしているのがやっぱり落ち着くのだから、ちゃんとこの距離を守る努力が必要なのかもしれない。
力いっぱい椿を抱きしめて、「ごめん」と「好き」を繰り返すと、同じだけの気持ちが返ってくる。
その心地好さに達海が目を閉じると、椿の後ろでカシャンと、自転車が呆れたように倒れた。