うそだ、と呟いた達海を、苦笑しながら杉江は見つめた。

「嘘じゃないですよ、今日は冷えるってニュースでも言ってた」
「見てねえもん。だいたい3月のもう真ん中だろ、なんでこんなに寒いんだよ」
「さあ……」

杉江の隣で寒そうに自分の肩を抱く達海は、今週からはと油断したらしく明らかに春の装いになっていた。まだ冷え込みますとアナウンサーが言っていた直後なのに、と杉江は空を見上げる。
そんなに寒いなら部屋に帰って上着を取ってきたらどうですかと言うと、「それは負けたみたいで嫌だ」と自分の頭より少し低い位置から拗ねたような声が返ってきた。
子供みたいな我らが監督。彼は自分の気持ちに気付いているのだろうか。いや、気付いてないな。
ふう、と杉江が吐いた恋するため息は見事に白くもやになる。春はまだまだ遠そうだ。

「わ、……わあ、ありえねえ」
「……ほんとですね」

そのまま二人でぼんやり空を見ていると、なにを間違ったのやら雪が降り始める。
さすがに寒すぎる。ちょうどそう思った時、杉江の隣で達海がひとつくしゃみをした。このままじゃ本当に達海が風邪をひいてしまうかもしれない。

「達海さん」
「んー……」

それは困るから仕方ない、だからこうしても不自然じゃない。そう自分に言い聞かせて、ちらちら雪が降る中杉江は長袖のジャージを脱いだ。

「……嫌かもしれませんけど、これ預かっててください」

そう言って達海の肩に自分のジャージをかける。
寒いのが幸いしてあまり汗はかいてないからともごもご、歯切れの悪い言葉を付け足すと、達海は寒空の中むきだしになった杉江の腕を冷たい手で撫でた。

「かっこつけー」
「……半袖の奴も多いし、どうせ暑くなるからいいんですよ」
「うん、ありがとね」

にっと笑った達海が、杉江の背中を軽く押す。

「すげーあったかいよ、杉江」
「それはよかった」
「にひひ、ほら、頑張ってこい」
「……はい」

自分のジャージを着て笑う達海を一度振り返り、杉江はコーチの方へ走り出した。
体を撫でる風は冷たいけれど、後悔はしていない。
あんな笑顔見せてくれるならそりゃかっこつけたくもなるよ、そんな風に思いながら空を見上げる。
いつの間にか、さっき確かに降っていた雪は止んでいた。
前月撤回。
もしかしたら思っていたよりもずっと、春は近いのかもしれない。







end

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