世の彼氏彼女が浮かれる二月某日、自宅で困ったように眉を寄せるジーノの前で達海は笑い転げていた。
そんな二人の前には、チョコの山。

「ははっスゲー、漫画みたい」
「うーん……、嬉しいんだけどね」

困っている姿もサマになる、そんなジーノにとってバレンタインというものは嬉しくも厄介な日だ。ファンが贈ってくれた食べきれないほどのチョコレートの洗礼。とりあえずリビングに運び入れると、部屋は甘ったるい匂いに支配された。

「……当分は、チョコレートに不自由しないね」

女性からのプレゼントを捨てるわけにもいかず、ジーノはとりあえず目についた小さな箱を拾い上げる。
そしてそのまま振り向き、未だに面白い顔をしている達海に渡した。

「ほら手伝ってよ、タッツミー」
「やだよ。ジーノのことを好きなやつがジーノのためを思って一所懸命作ったり選んだものを、俺が食べていいと思ってんの?」
「……正論だけど、タッツミーは困ってる僕を面白がってるだけだ」
「当たり前じゃん」

にやにやを浮かべた達海が、受けとった箱をジーノに返す。仕方なく受けとったものの、なんとなくテンションが下がってきた。チョコは嬉しいし、例年はもう少しこのイベントを楽しんでいるのに。

「あ」

そこまで考えて、ようやく気付いたのは目の前の存在。仮にも恋人である彼が、全くそういった態度をとってくれないのだ。

「そういえばタッツミーは僕にチョコくれないの?」
「なんで?いらないだろ、そんなにあったら」
「やっぱり……」

薄々感づいていたが、真っ向から否定されるとがっかりする。相変わらずロマンとか雰囲気とかそういうのを彼は全然わかっていない。恋人からチョコはもらえないし、数多のライバルから贈られたチョコに嫉妬もしてもらえないなんて。
小さく息を吐いてから、ジーノは箱の山を物色している達海に近寄り、隣にしゃがみ込んだ。

「タッツミー、僕は悲しいよ」
「なんだよ急に」
「せっかくのバレンタインなのにさー……」

尖った唇にキスをして同じように唇を尖らせてから、ジーノは達海を押し倒すようにして抱きしめた。その拍子に、二人の周りにカラフルな箱が散らばる。

「って、ジーノ、今ので思いっきり頭ぶつけたんだけど。馬鹿になったらどうしてくれんの」
「そんなタッツミーもきっと好きだよ」
「あのな」

達海の後頭部を撫でて口づけた。香るのはチョコの甘い香で、いつもよりキスが甘く感じる。
唇はこんなに甘いのになあと少し拗ねながら達海を抱きしめると、宥めるように背中を撫でられた。

「ジーノ。……ジーノはさ、誰かにチョコあげたの?」
「いや、後できみにあげるつもりのものが一つだけ」
「お、楽しみ」

にひひ、そう笑う達海の頭を抱き込むと、苦しいよと抗議の声。
無視してぎゅうぎゅうと抱きしめていると、仕返しだと達海に体をきつく抱きしめられた。

「いてて、痛いんだけど、タッツミー」
「お前はさ、かっこいいんだよな」
「タッツミー?」

滅多にどころか達海から聞いたことのないような単語が飛び出てきてジーノは目を瞬かせた。
思わず力の抜けた腕から、腕の中でもぞもぞ動いていた達海が顔を出した。その視線が、いつもより甘い。

「そんな恋人がやっぱりすげーモテて、なのに美女には目もくれず俺のことしか見てないって、結構優越感なんだよ」
「……そうなの?」
「そうなの。だから嫉妬より、ちょっと嬉しいというか」

ようするにお前は俺だけ見てりゃいーの。そんな風に言い切った達海にジーノが思わず笑うと、腕の中の達海は不満そうな顔をした。

「ありがと、すごい告白だったよ」

優越感を感じるということは、自慢の恋人だと、そう思ってくれているということだろう。
まさかそんな言葉が聞けると思わず改めて「優越感か」と呟くと、達海は小さく声をあげた。それからぽんと頬が色付く。

「……嘘は言ってないからな、あーもー」
「愛されてるね、僕は」
「そーね、愛されてる」

ふん、とぶっきらぼうに言う顔。その頬と首筋にキスをして。戸惑ったような達海の熱い視線が、絡まるまさにその瞬間。
達海の足がぶつかり、ばらばらと、今度は激しく山が崩れた。チョコの雪崩に、思わず二人そろって苦笑する。

「ははっ、邪魔されてやんの」
「参ったね、もう……。ね、タッツミー。本当に全然嫌じゃなかった?」

山を見ながら言うと、一瞬目線をそちらにやった達海がジーノの頭を軽く引く。
特に逆らうでもなく耳を貸すと、顔を寄せた彼が、小さく囁いてきた。ほんとにちょっとだけ嫉妬した、小さく掠れた声がそう素直に告げてくる。

「前言撤回だ。今日のタッツミーはバレンタイン仕様で甘い、くらくらするよ」
「ニヒ、かじってみる?」
「お言葉に甘えようかな」
「あんまり痛くすると溶けるからやめろよなー」

ツンと尖った唇をかじると、どんなチョコレートよりも甘く、しびれる。こんなのは、彼以外にありえない感覚。

「優しく食べてあげるね」
「にひひ、そうしてあげて」

ジーノの声にやっぱり甘く笑った達海が、そっとその腕をジーノの背に回した。






end

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