便所便所、と言って黒田が杉江から離れていった。心なしか早足に見える背中をぼんやりと眺めていると、視界にいつのまにか、ぴょんと跳ねた茶色い髪の毛が侵入してくる。

「達海さん?」
「よー、スギ」

いつの間にこんなに側にいたんだろう。首を傾げながらも、なにか用があるのだろうかと杉江は、相変わらずどこか掴めない監督の話の続きを待つ。
てっきりアドバイスだとかそういうサッカー関係の話だと思ったのだが、どうやら違うようだ。笑う達海からは『監督』の時のプレッシャーを感じない。

「にしてもスギはすげーよな。いつもクロといたら騒がしくて疲れねえの?」
「いや、クロは単純ですから。達海さんよりずっと扱いやすいですよ」
「そう?うーん、俺もフットボール以外のことはかなり単純なことしか考えてないんだけどな」
「嘘ですね」
「嘘じゃないよ」

当ててみる?と言いながらぐっとこちらに顔を近付けてきた達海に、思わず杉江は後ずさる。そんな杉江の態度を、嫌がっているととったのか、達海はますます楽しそうな顔で杉江との距離を縮めた。

「さあさあ。当たったらなにかご褒美やるよ」
「ご褒美?怪しいですよ、んー……やっぱりサッカー?」
「残念」

間髪入れず、得意げに言い放つ達海はやはり年上のように見えない。苦笑しながら、「じゃあ答えは」と杉江が言いかけた時、達海はすうっと息を吸った。

「スギのこと考えてた」

達海の声が杉江の心を揺さぶる。
(わかってる)
わかってはいるのだ、達海のこの言葉に、特別な意味などないことには。
わかっているのに、どくどくと鼓動が煩く走るのは、あまりにまっすぐ見つめられたせい。
一瞬空を仰いでから、「そうですか」となんとか杉江が言うと、達海は大きく頷いてみせた。

「シンプルだったろ」
「……まあ、そうですね」
「じゃあ次は俺が、スギが考えてること当てるから」
「絶対当たらないです」

杉江の返答が不満らしい達海の声を聞いていると、遠くから黒田の声がする。
二人きりから解放されて嬉しいような、そうでないような。なにやら怒っている様子の黒田が駆けてくるのを眺めながら、杉江はもう一度ちらりと達海を見た。
(俺が考えてること、か)
胸をよぎったその言葉は、自分の口で告げるのだと、そんな決意を込めて。







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