隣でころりと達海が寝返りをうつ。その状況にいまだに慣れない椿は達海が身じろぐ度に体を強張らせた。そう、昼寝がしたいと言った恋人――達海に無理矢理体を引っ張られて横になっているのだが、普通にしているよりよっぽど体力を使うし眠気はこちらに近寄ろうともしない。
だけど、好きな人と並んで寝転んで手を繋いでいる、そんな体勢から逃げたいわけもなく。
 ふ、といろいろな気持ちが篭った息を吐いた椿。そんな椿を、眠そうに目をゆっくり瞬かせた達海が見つめた。
「どした?」
「あ、違うんス、監督は気にしないでください」
「……監督ー?まあ別にいいけどさ、監督でも」
「わ、あ、すみません!その……」
「んー……」
 少し不機嫌そうな達海に見つめられ、椿の喉が緊張で乾燥する。
 恋人になったから『達海』と、そう呼んでいいと言われたのに、その名前が、彼のことが好きで、好きすぎて言えない。自分のことなのに、そうじゃないみたいにわからないと椿は眉をへにゃりとさげた。達海の視線に射抜かれて、結局かさかさになった声を絞り出すことも出来ず、ぱくぱくと口の形だけで達海の名前を作る。
「こら。声出せ」
「痛っ」
ぱしっと額を叩かれ、一気に体を小さくした椿に、楽しそうな顔をした達海が笑いかけた。
「俺に好きって言った時はすごい勢いだったのになー?」
「そ、そう……だっけ……」
「うん。噛みつかれるかと思った」
「え、え!」
「にひひ、冗談だって」
そう呟くなり、弧を描いていた達海の目がゆっくりと閉じていく。昼寝がしたいのは本当だったようだ。
日頃疲れているのだろうし、なにより自分にここまで気を許してくれていることが嬉しい。ふっと笑って、椿は達海の寝顔を少しの間眺めていた。
それから、口をぱくぱくと動かす。
そして達海が寝ていることを信じて、まだ気恥ずかしくてほとんど呼べていない彼の名前を、音に乗せた。
「たつみさん」
思っていたよりもボリュームの大きかった自分の声に驚いて椿はあわてて口を塞ぐ。そして達海を起こすわけにはいかないと身動きを止めたが、椿がそうするより先に、寝ていたはずの達海はぱちりと瞼を開けた。
驚いた瞳が自分の顔を映していて、達海の目の中にいる自分がどんどん赤面していくのがわかる。しかし、体を硬くする椿の目の中で、達海も同じように頬を赤くした。
「た…つみさん」
「……椿の声があんまり甘いから目が覚めた。どうしてくれんの」
「すみません!」
「謝ってほしいんじゃねーって、……ったく、本当に椿は椿だよなあ」
くしゃくしゃと椿の髪を撫でた手で、達海は椿の頬を挟んだ。
「……椿にそんなふうに呼ばれるとさあ」
「……なんすか?」
「照れるって話だよ、……ったく」
気持ち込めすぎ、と拗ねた様な顔をしてから椿に背を向けるように寝返りをうった達海。控え目にその背中に近づいて、小さな声で呼ぶ。
「達海さん」
「……もっと普通に呼んで」
「普通がわかんないッス……」
好きな人の名前。特別な言葉。気持ちがこもらないわけがないのだ。
「そんな声で、呼ぶな」
「達海さん……?」
おずおずと手を達海の体に回すと、達海の肩は想像よりもずっと、緊張していることを伝えてきた。
(どうしよう)
 好きだ、と言いたいのに喉が勝手に言葉を飲み込んでしまう、こういうときに気のきいた台詞のひとつも言えない自分がもどかしい。
だからその代わりに椿はなんどもなんども達海の名前を呼ぶことにした。耳に届く声がくすぐったいと笑う達海を抱きしめて、なんども。
「達海さん」
世界でひとつの、精一杯の愛の言葉を。





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