まさか本当に監督がクラブハウスから出てくるとは、と椿は暑さのせいだけではない汗をかく。
もちろん練習をしたかったのが一番ではあるけれど、ほんの少しだけでも会えたらいいなあ、そんな風に思いながらボールを蹴っていた。忙しいのはわかっていたから、少しだけ話がしたかったのだ。
なのに、いざとなったら嬉しくて何をいえばいいのかわからなくなる。
(な、何か言わなきゃ、なんだっけ、俺)
ぱくぱくと椿が口を動かしていると、椿の様子は気にせず達海が口を開く。

「椿」

(監督が話し掛けてくれた……)
達海の声に舞い上がったものの、次の言葉で椿は少しがっくりしてしまう。
達海の話が、次の試合相手のことだったから。
もしかして頼られてるのかな、と確かに嬉しくはあるけれど、なんだか複雑な気分だなと肩を落とす。
すると、一通り話し終わった達海がボールを抱えた椿の頭を叩いた。

「……でさあ椿、この後暇?」

にやりと笑う達海の顔につられて、椿もへらと笑う。

「え、え、あ、はあ……暇ですけど」
「俺の部屋来る?」
「あ、はい……えっ!ええ、え、あ!だっ駄目っす!寝てください」

達海の言葉に何も考えず頷いてから、椿は顔を真っ赤にして首を振った。
一度だけ、達海の部屋で、達海とそういうことをしたことがあったからだ。
(でも、監督疲れてるし)
願ってもないお誘いだけれど、駄目だ駄目だと椿は口をぎゅっと結んだ。

「なんだ残念。……じゃあキスだけ」
「かんっ……」

触れるだけのキスをして、至近距離で達海が笑う。

「次の試合はお前出らんないしね、せいぜいムラムラしとけ」

にひひ、そんな独特な笑い方をして、達海は椿に背を向けた。

「それじゃ、オヤスミ」

ひらひらと振られた手、閉じられた扉。
少ししてから、ようやく椿の体から力が抜けた。

「……なんで、監督」

だいたい、自分は達海に好きだと言ったのに、達海から返事はないのだ。
だからまたからかわれているだけだとわかっていても、好きなものは仕方ない。
(ずるいっす、達海さん)
まだドキドキする胸を落ち着けようと深呼吸をしてから、椿はまだ赤い頬を叩いた。






end


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