「椿、アレ持ってんだろ、貸して貸して」
「へ?……アレってなんすか…?」
午後からの練習の少し前、達海に呼び止められた椿は首を傾げた。そんな椿を見て、手の平を上に向ける達海。
「携帯だよ、携帯。俺持ってないしほとんど触ったことねーの」
「ああ!……えっと、はい」
ぽん、と素直にその手に携帯を置くと、達海は少しだけ不思議そうな表情をした。
「……俺に見られてやましいモンとか、ねえの」
「まさか!達海さんに隠すことなんてないッス!」
「……あっそ」
(照れてる)
カワイイなあ、と心の中で呟くけれど、あんまり喜んでいると達海の機嫌を損ねてしまうから、なんとか顔に出さないように椿は深く息をする。
それから、達海に携帯の使い方を説明した。
「ここを押すと、ほら」
「おおー、カメラ?すげーな……はい、チーズ」
「わ、わっ」
椿の顔が半分だけ写った写真を楽しそうに保存する達海を見つめ、椿もふにゃりと笑う。
次にメールの仕組みを教えると、『あかさたな』『あいうえお』と真剣に操作をしはじめる達海の横顔。
(携帯、持ってくれたら連絡も楽なのになあ)
一番にアドレスに登録してくれないかな、そんなことを思っていると、コーチの声がする。
休憩は終わりのようだった。
「……あ、達海さん、集合みたいっす」
「んー、ロッカーまで行くの面倒だろ、終わるまで預かっててやるよ」
「はいっ」
まだ画面に熱中している達海の頬にキスをしてから椿は走り出す。
驚いた達海の声が聞こえて、いつもよりずっと体が軽い気がした。
「お疲れ様ッス」
挨拶もして、夕暮れの帰り道。椿がゆっくり歩きながら携帯を開くと、新着メールがあった。
迷わず開いたが、送り主と何を話していたかを思い出せず、自分の送信履歴を見る。
(……あれ?)
すると、送信履歴に、未送信メールがひとつ。
宛名も件名もないメールを開いてみると、『あかさたな、あいうえお』と平仮名で綴ってあり思わず椿は頬をゆるめた。
間違って保存してしまったんだろうな、そう思い閉じようとしたときに、スクロールに気付く。
不思議に思い、カチカチとボタンを鳴らすと、ディスプレイに光った文字。それを見た椿はその場に携帯を抱いてしゃがみ込んだ。
「達海さん……っ!」
すぐに返信したくても、あいにく彼には電波が届かない。
(もどかしい、早く、早く)
思うより先に、くたくたに疲れたはずの足が、歩いて来た道を走り出した。
『あかさたな あいうえお
つばき、すき』
そんなメールの返信に、とびっきりの愛を届けるべく。
end