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No.01


『兄様、おかえりなさい』
「ただいま、母さんは?」
『まだお買い物から帰ってきていません。おじいちゃんもおばあちゃんもまだです』

 名前と百之助は仲の良い兄妹だった。妹はよく兄を慕い、兄もまた妹に優しかった。母は浅草の芸者をしていて、そんな母と陸軍中佐である父との間に生まれた二人は、一般的に言う"妾の子"だった。まだ二人が赤ん坊の頃に父と本妻の間に男児が生まれると、父が母のもとにぱったりと来なくなったと祖母から聞いたのはつい最近のことだった。そのようなことがあったから母と兄妹を茨城の実家に連れ戻したと言っていた。

「名前、先に二人で夕飯を食べようか」
『はい、兄様』

 名前は台所から、あらかじめ準備していた夕食をよそって自分と百之助の前に置いた。

「前から思っていたが、俺を兄様と呼ぶのはなんとかならないのか?どう見ても俺は兄様と呼ばれるような兄じゃないだろ」
『あら、そんなことないですよ。私にとって兄様は、いつも私にお優しくてかっこいい素敵な兄様ですもの』

 名前の褒め言葉にも百之助は表情を変えることなく食事を進める。しかし妹である名前にはそんな兄の少ない表情の変化を感じ取っていた。

『(これはちょっと嬉しくて照れている時の兄様だわ)』
「おい、さっさと飯を食え」
『ふふ、はい』

 父がいない兄妹だったが、お互いに支え合い、母をも支える良い兄妹だった。
















 茨城に冬がやってきた。最近、母が台所に立つことが多く、名前はそんな母の後ろ姿を見るのが好きだった。料理の合間に名前を見て頭を撫でてくれることも好きだった。

『…この匂いは……今日はあんこう鍋?』
「そうよ。二人とも好きでしょ?」
『好き!』

 茨城ではあんこうが安く手に入るため、あんこう鍋は地元の庶民的な鍋だった。あんこうがよく取れる冬の間は食卓に出ることも多く、兄妹も好きな料理だった。

『兄様、今日の夕飯はあんこう鍋ですって』
「ふーん、楽しみだな」
『ふふ、兄様は本当にあんこう鍋がお好きね』
「…名前も好きだろ。去年なんて俺の椀からあんこうを取るくらいだからな」
『っ去年のことを持ち出すなんてずるいわ!』

 百之助は特徴的なその目を細めた。名前とも母とも似ていないその瞳は、見たことがない父に似ているのだろうかと名前は考えていた。

『(……一度でいいからお父様にお会いしてみたいわ…。確かおばあちゃんは陸軍の中佐だと言っていた…お母様もすごくお慕いしているし、きっととても立派な方なんだわ……)』
「百之助、名前、鍋ができたから食事の準備をしてちょうだい」
『あ、はい!』

 兄と妹と母、それに母の両親とともに鍋を囲んでみんなであんこう鍋をつついた。名前に父はいないが、こうして優しい兄も母も祖父母もいる。自分が不幸とは思わなかった。きっと兄も自分と同じ気持ちだろう、名前はあんこうを食べる兄を横目で見た微笑んだ。

 この時、確かに名前は不幸ではなかった。むしろ幸せを感じていたのだ。







『……あら、お母様…今日もあんこう鍋?』
「そうよ。二人とも好きでしょ?」
『え、えぇ…確かに好きだけど……おとといくらいに食べなかったかしら…?』
「ふふ…本当に二人ともあんこう鍋が好きなんだから……きっとあの人に似たのね」
『え…あの人って…?』
「あなたたちのお父様よ。美味しい美味しいってぱくぱく食べたんだから」
『………へぇ…そうだったんですね』

 母はその時を思い出し、大層嬉しそうに微笑んだ。