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mail

『mail』(静雄サイド)と対。こちらだけ読むとシズ←イザ。










side:I























――19時21分

着信を告げた携帯を手にとって。
俺はいつも通りの短い文章に小さく笑った。
俺からの返事もいつも通り。
短いそれを打ち込んで送信して、そのまま携帯はベッドに放る。

相手の行動パターンを考えれば、たぶん次に着信を告げるのは就寝前だ。
取り立ての仕事なんて夜遅くまでなイメージがあるかもしれないけれど、実際は合法である限り、そんなことはできない。…まあ、どこまでが合法かどうかなんて考えたらキリがないし、どうでもいいけれど。
でも、大体遅くても夜9時までには『これから帰る』という短いメールが入る。

その次が、特別何かない限りは、『おやすみ』と一言。
で、朝になれば『おはよう』で、昼には『これから昼飯』。考えてみたら、ずいぶんとマメに送られてくるものだ。
相手がどんな顔でメールを打っているのか、気にならないというわけではないけれど。

「…ま、あえて知るほどじゃないっていうか」

誰にともなく呟いて、脇によけていたパソコンを引き寄せる。
ここ数日、睡眠時間を削って仕事をしていたからか、身体は眠いと訴えていた。
けど、彼からのメールに返事をするまでは我慢だ。

「早く家に帰って、寝ろよ」

そうしないと、寝れないじゃないか。
なんで俺が君のメールを待たなきゃいけないんだ、なんて勝手なことを思って、ゆるく息を吐き出す。

「ホント、なぁんでメールを待ってるんだろうねぇ?」

まあ今更だし。本当はもう理由は分かっているけれど。
携帯の画面越しだけで繋がった、いつ切れてもおかしくない奇妙な関係。
それがもたらす不思議な心地よさが、淡い恋心なんて笑えない代物に変わったのはいつのことだったか。

「…君は、なんで俺にメールをくれるのかな?」

8年に渡り続けられているメールのやり取り。
着信のたびに画面に映る相手の名前を思い浮かべて、俺は呼び慣れたあだ名を呟いた。

「ねぇ…シズちゃん、なんで?」






俺――折原臨也と、平和島静雄はうっかり顔を合わせればすぐにでも殺し合いの喧嘩に発展するような、そんな間柄だ。
なのに、こんな風にメールではやりとりしている。

きっかけは何だったか。
確か、俺が悪戯で送ったメールだったとは思う。
当然返事が返るはずもないと思っていたのに…何の気まぐれかシズちゃんは返信してきた。
…しかも何故か前日衝動買いしたというマグカップの画像を添付して、だ。
なんだかなぁとついつい笑ってしまって、返事をして。
それから、他愛もないメールのやり取りをするようになった。

大体、シズちゃんが送ってくるそれの内容は本当に他愛もないものだ。
時々、仕事の途中で見つけたものの画像とかが添付されているくらいで。
短いメールは素っ気なくすらある。
それでも、この不思議な繋がりは途切れることなく、8年という歳月続いている。





「でもまさかぁ、こんな文通以下のメールで恋とか…」

携帯電話の画面越しに恋とか乙女かお前は、と自分を笑う。
でも、抱いた気持ちは何度勘違いだ気のせいだと思っても消えはしなくて。
俺は平和島静雄に恋しているのだと、認めるしかなかった。

「…ねむ…」

つらつらと回想していると、眠気がじわりと襲ってくる。
落ちてくる瞼を思考することで何とか開いている状況だ。

「くそ、しずちゃん…はやくしろ」

回らない舌で呟いて。
俺は小さく欠伸をして、シズちゃん専用になっている携帯を睨みつけた。

けど、何だかんだ言ったってメールを待つ時間は決して不快なものではなくて。
だから俺は、この時はまだこんな日々が続くのだと思い込んでいた。


















じわじわとこみ上げる不快感と不安。
それに無意識に奥歯を噛み締めて、俺は携帯をじっとりと睨む。
まったく着信を告げなくなったそれは、机の上でただ沈黙を保っている。

「………」

二週間だ。
二週間、シズちゃんからメールがない。
そりゃ、俺もシズちゃんも社会人だから返信が滞ることは結構あるけど。
だけど、こんなに間が開くことは今までなかった。

「…そういえば、最近メール少なかったよな」

忙しいことは知っていたし、前より広がった交友関係のせいかそちらに時間をとられていることも知っている。
でも、こんなふうに急に途切れるなんて思わないじゃないか。
「ああもう、考えてても仕方ないか」
姿だけでも見に行こう、と席を立つ。

「波江さんちょっと出てくるから、あとよろしく」

声をかけたら、なんだか溜息をつかれた。
…一体なんだっていうんだ?











池袋に来て適当に歩いていてもシズちゃんはすぐ見つかる。
もともと高い身長に加えて、目立つ金髪にバーテン服。
警戒色さながらのそれは見つけるのにはとても便利だと密かに思ってた。

「…にしても、そういうことかぁ」

今の俺の視界には、先輩と後輩の二人と歩くシズちゃんの姿が写っている。
すごく楽しそうだと。そう思った。
シズちゃんの交友関係は高校時代とは比べ物にならないくらい広がっている。
積極的に人と関わることを避けていたシズちゃんが、最近ではそうでもなくなってきていて。
そうなれば、必然、俺なんかに構う時間はなくなるわけだ。

「………」

あ、やばい。
なんだか、泣きそう。
そう思って、一回ぎゅうっときつく目を閉じる。

「はは、」

どうやら俺は、思ったよりずっとシズちゃんが好きだったらしい。
俺にはずっと続けていたたった一言のメールすら送らなくなったのに、他の相手にはあんな風に笑いかけるんだ。
ズキズキと痛む胸に、苦しくて眉を寄せて。
俺は微かに震える手で携帯を掴んだ。
シズちゃんはあの田中トムとかいう先輩に何か言われて照れたように笑っていて、まだ俺に気づかない。

携帯を掲げて、ぼけない程度にズームして。
その横顔を写真に収めて、俺は詰めていた息を吐き出した。
結構綺麗に写っている。
…こんな近くでも気づかないんだもんなぁ。
あーあ、と呟いて。
俺は画像を保存した。
そして、これが最後だと。
そう、決めた。

今夜、俺からメールを送って、それですべて終わりにする。
いつまでも来ないメールを待つのは、俺でも辛いんだよ、シズちゃん。












文章を打っては消してを繰り返して。
送れずにいるうちに、もう10分くらいで日付が変わろうという時刻になってしまっていた。

「……馬鹿みたいだ」

付き合っていた相手と別れるのでもあるまいし、なんでこんなに考えているんだろう。
もう止めだ止め!
考えても仕方ない、と指を動かす。
昼間撮ったあの画像を添付してシズちゃんを苛立たせるような長ったらしい文章でからかってやろうかと思ったけど、やめた。…空しいだけだ。
だからただ文章だけ打ち込んで、確認する。
短いけど、今までより少しだけ長く。
打ったそれを未練がましくしばらく見つめてから、俺はそっと目を閉じた。
すっきりはしないけど、決めたことだ。
ふうと大きく息を吐き出して、目を開いて。

「さよなら」

ぽちりと送信ボタンを押して、それからすぐにメールアドレスを変更する。
これでもうシズちゃんからのメールは受け取らなくて済む。
たぶん律儀に『わかった』とか返してくるだろう、そのメールを見なくて済むのだ。
確認もせずに電源を落として。
俺は暗くなった画面を見つめる。
これで終わりだ。
ずいぶん長いこと続いた、画面越しの奇妙な関係もこれで終わり。

「…っ」

ぽたりと。
一滴、水滴が電源を落とした画面に零れ落ちたけど。
これでいいんだ、と自分に言い聞かせるしかなかった。











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