dr19 | ナノ





やっぱり無理でした!

















――昼。


ひくりと口の端を引くつかせたまま、臨也は低く小さく声を絞り出した。

「ホント、最悪」
「…今回ばかりは同感だぜ」

同じような声音で応じる目の前の席に座る男。
彼らは次の瞬間大きなため息をついて項垂れた。





事の起こりは昨日の夜に遡る。
なんとなく新羅宅に集まって酒を飲んでいた元来神高校のメンバー(ただし一人を除く)と新羅の同居人は、新羅発のちょっとしたお遊びをしていた。
紙に書いた簡単なことを実行する、ただそれだけの子供のような遊び、余興だ。
酒が入ってる彼らは時に笑い、時に憤りながらもちっぽけな紙切れの指示をこなしていく。
そんな時、一人除け者にされていた人物がやってきてしまったのだ。
この時点で静雄はすでにかなりの量を飲んでいて臨也の存在にも寛大になっていたのが、今回に限りそれが問題だった。
何がなんだかわからないうちに余興に引きずり込まれ、そして――。
一枚の紙切れがもたらした最悪の指示。それこそが、今の彼らの現状の元凶であり、池袋の平和な一日の幕開けの合図であった。





朝、新羅のマンションで朝食を摂り、それから街へと送り出された二人は、何をするでもなくぶらぶらと歩き人目を集めていた。
そして、そろそろ昼にさしかかろうという頃に、静雄は臨也につれられる形でファーストフード店に入ることになった。
何故と問うと、人目につきやすいところで“仲のいい友達”…反吐の出る表現だ…をアピールするためだと言う。
その言葉に納得した静雄は素直に従い、席に着いた。

「そもそも、酒の席での余興なんだから律儀に守る理由なんてないと思うんだけど?」
ポツリと呟くように口にされた文句に、静雄は顔を顰める。
「うるせぇ。俺はどこかのノミ蟲野郎みたいなマネはしねぇ」
「はははっ、その結果が自分に跳ね返るとしてもかい?君やっぱり馬鹿だろ」
「うるせぇ黙れ。口を開くなついでに臭ぇから息もするんじゃねぇ」
唸るように威嚇してやれば、臨也はやれやれと言わんばかりに首を振ってガラス越しの景色に目を向けた。
足早に歩いていく人波を眺め見て、ため息をつく。
「…しかし、何でこんな日に限って君も俺もフリーなんだろうね」
「知るか」
本当に忌々しいことに、この日に限って静雄も臨也も仕事が休みだった。そうでなければこんな茶番に付き合わずにすんだかもしれないというのに、だ。
堪ったものではない。昨日の酒に酔って素直に喋った自分の首を絞めてやりたい気分だ。そう思って、しかし静雄は直ぐに思い直す。

――殺るなら臨也だ。大して酔ってもいなかった癖に明日は予定がないと新羅たちの前でぬかしたこいつが悪い。

つい怒りと殺意がにじみ出そうになった静雄の様子に気付いているのかいないのか。
臨也は全く変わらぬ調子で口を動かす。

「っていうか、これどこかで見張られてたらどうしようか。いっそ今日一日どこかに隠れてたほうがいいんじゃないの?」

その言葉に静雄の怒りが僅かに冷める。そうだった。今は“友達ごっこ”…やはり反吐が出そうだ…の最中なのだ。
忌々しいが今は我慢だ。これが終わったら絶対に殺す。そう自分に言い聞かせる。

「こそこそするほうが気持ち悪ぃ気がするぜ」
「まあそうだねぇ」
そこで言葉を切った臨也は、心の底から嫌そうな声で言った。
「でもさ、一日仲良い友達ごっことか、どう考えても狙ってたとしか思えないよね」
そうだとしても、静雄にも臨也にも、今更どうすることもできないのであった。






――午後3時半。


行く当てもすることもなく、二人は未だに池袋をぶらぶらと彷徨っていた。

「あ、」
「なんだ?」

唐突に声を上げ立ち止まった臨也に、静雄が自身も立ち止まって問う。
臨也の視線の先には人の列。その更に先に、アイスクリームの移動販売車(ケータリングカー)があった。

「アイス食べようよ。俺今すっごく食べたい気分になった」
そう言って返事も待たずふらふら行ってしまおうとする臨也に、静雄は手を伸ばす。
「なに?」
止められて不愉快そうな顔をする臨也に、ため息をつく。

「あれ見ろ」
「あ、確か、狩沢さん、だっけ?」
「見張ってやがる」
「…うん、見張ってるね」

こそこそと街路樹に隠れる人物はなんというか、非常に見覚えがあった。
すぐさま答えを脳みそから引っ張り出した臨也に、重要なのはそこじゃないと指摘すれば、頷いて困ったように眉を下げた。
静雄としてはこそこそ見張られているだけで気分が悪いが、ここで暴れれば今までの努力と忍耐が水の泡だと深呼吸して耐える。

「俺が買ってくるから、手前は大人しくしてろ」
「…なにそれ?」
「手前にチョロチョロ動かれると、その辺のもんぶん投げたくなるだろうが」
「アアソウデスカ」

せめて少しでも苛立つ要素を減らすための言葉に臨也は不満げに睨んでくるが、結局それ以上の反論はなかった。

「とにかくここに居ろよ。っと、手前はなに食いてぇんだ?」
「あー…じゃあ、チョコレートで」
「おう」

素直な人間にはあまりキレないと自称するだけに、素直に返事をした臨也に静雄は頷いただけでさっさと歩き出す。
背中にすごく臨也の視線を感じるが、それは無視した。
うぜぇ、別に手前の為じゃないんだからそんな不振そうな視線を送るな。そう思っても口に出さない。それがどれだけ不愉快で気持ち悪くてストレスが溜まることか。静雄はイライラした気持ちを吐き出すように、大きくため息をついた。





――午後7時3分。


「晩御飯どうする?」
疲れきった声で問いかける臨也に、静雄も同じような声を出した。
「今日は露西亜寿司半額じゃねぇしな…」

たった一日とはいえ、臨也の言動にキレて物を投げないことがこんなに疲れることだとは思わなかった。
お互いできる限り地雷を踏まないように慎重に言葉を選び、相手の表情を探る。そんな精神的な攻防を普段ならありえない至近距離で仇敵と行っていることは、静雄の精神をかなり疲弊させ苛立たせていた。
だが、怒ることは許されない。そのジレンマに髪を掻き毟りたくなる。
唯一の救いは、これが相手にも同じだけのダメージを与えていることだろう。
友達と遊ぶかのように、街中を歩き、ウインドウショッピングをして、ゲームセンターにも行った。…と言っても、静雄も臨也も普通の友達づきあいとは無縁だったので、それが正しいかどうかはしらないのだが…。

「ファーストフードとコンビニはもういいからね」
「ちっ」

呆れたような視線は普段の静雄の食生活を哀れむようで、非常にムカつく。

「ま、仕方ないし俺が奢るよ。なんか適当に食べに行こう?」

そう言って差し伸べられた手を、渋々取る。そう。臨也に手を差し伸べなければならない理由があるように、その手を取らなければらない理由が今日の静雄にはあった。

「まだ見てやがる…」

忌々しげに呟くと、臨也もちらりと確認して呆れた顔をする。

「今度は帝人くんたちかー…どこまで話が広がってるのか考えるだけで頭が痛いよ…」
ため息ひとつ。臨也は繋いだままの手に少しだけ力を込めて引き寄せて、静雄に囁いてきた。
「とりあえず、ご飯の時くらい見られなさそうなとこにしようか?」
「そうだな」
それに、静雄は一生に一度あるかないかの全面的な同意で答えた。





――午後11時56分。


人気のまばらな公園で、臨也が嬉しそうにくるくると回る。
良い年した男のやる行動ではないが、静雄は呆れた視線を送るだけで止めはしなかった。心情は理解できる。

「ははっ、あと4分でやっと開放されるね」
「…手前ともようやくお別れだな」

そう言って手近な街灯に手をかけると、臨也はにやりと笑って言った。

「なにもう臨戦態勢入ってるの。まだあと3分ちょっと残ってるよ」

くすくすと笑う臨也に、静雄はあと少しだ我慢しろと自分に言い聞かせる。
あと少しでこのクソムカつく顔をぼこぼこにできるのだ。だから我慢しろ!そう頭の中で言って自分を抑える。

「…ああクソッ!さっさと終われッ」
「…そうだね。俺もさすがに今日は疲れたよ」

苛立ち叫ぶと、思ったより疲れた声が返ってきた。
目の前の相手はいつの間にか回るのをやめて、携帯を弄っている。

「………」
「………」
「…まだか」
沈黙が何故か痛く、静雄は呻くように訊いた。

「んん?あといっぷーん!」

そう言うと臨也はまた携帯に視線を戻す。
「そうかよ」
それが無性に気に入らない。
今日一日自分に向けられているべき視線が、無機物と言え他のものに奪われている事実が気に喰わない。
自分はこんなにも苛立って引っ掻き回されて不愉快な思いをしてるのにと、静雄は憤りのまま辺りを見回した。
幸い、今は余計なギャラリーは誰もいないらしい。
くっと喉の奥で笑って、静雄は一歩踏み出した。

「おい、臨也」
「へ?なに…んっ!?」



――夜12時。


水音を立てて離れた二人の唇を、いまだ街灯に照らされた銀色の糸が繋いでいる。
ぐい、と口をぬぐってそれを断ち切った臨也が、鋭い視線で静雄を睨みつける。

「はっ、さい、っあく…」

唸るように言った相手のその視線に満足し、静雄は掴んでいた胸倉を放した。

「それはこっちの台詞だクソが。ああ、これでやっと手前を殺せるかと思うとすっげぇ気分がいいぜ」
「俺もやっとクソふざけた縛りから開放されたのかと思うと清々するねっ」
ヒュッと風切り音を立てて、銀のきらめきが走る。
頬を掠ったそれは、臨也がいつもジャケットに忍ばせている折りたたみナイフだった。

「ちっ、手前ぇ」
「油断するからだよ」

くすりと笑う相手に、静雄もにやりと笑い返す。
いい気分だった。感情を抑えなくていいというその清々しさに、開放感に、静雄は獰猛な獣の目を臨也に向ける。
やはり自分たちにはこちらのほうがお似合いだ。仲良くなど出来るはずもない。その事実を再確認して、すぐ側の街灯に手を伸ばす。

「死ね!ノミ蟲が!!」
「ははっ、たっぷり溜まったストレスは発散させてもらうよ!」

引き抜きざまに振りかぶったそれはひょいと避けられた。
二人は一日の鬱憤を互いにぶつけるように暴れ出す。



こうして、池袋の平和な一日は終わりを告げた。














※結局仲良くなんて夢のまた夢? いえいえ、これで案外仲がいいのかもしれません。
「一日休戦協定、“友達ごっこ”」というメモに首を傾げ吟味した結果こうなりました。あれ?何かちがう。


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