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よびかたのはなし

















そういえば、とふと思った。



「臨也」
「なにシズちゃん?」
背後に立つ気配と名前を呼ぶ声に、臨也はパソコンの画面から視線を移した。
「臨也」
なおも呼ばれる名前に首を傾げる。
「うん。だから、なに?」
寄せた眉と漂う雰囲気から怒ってるわけでも拗ねているわけでもないとは思うが、だとすると理由がわからない。
自分は今日はずっと情報屋の仕事にかかりっきりで、ふらりとやって来た…殴りにきたわけではないというのが非常に珍しい…静雄は先ほどまで自身で適当に見繕った本を読んでいたはずだった。
呼ばれた時はてっきり退屈してきたのだと思ったのだが、見る限りどうやら違うらしい。
見上げた顔からは結局特筆すべき点は読み取れず、臨也は目を瞬かせ次の言葉を待つ。

「手前、俺の名前知ってるよな」

問いはずいぶんと唐突なもので。
臨也は虚を突かれて間抜けな顔を晒す羽目になった。
もっとも、

「はあ?なに言ってるの?俺はシズちゃんみたいに馬鹿じゃないからそれくらい知ってるよ」

と、返す言葉にはしっかりと棘が含まれていたが。
挑発の意図を含んだ言葉だったが、安っぽいそれには噛み付かず、静雄は答えに満足したように頷いてから口を開く。

「なら言ってみろ」
「…意味わかんないよ」
「いいから言え」
「却下。意味わからない要求にこたえる理由がありません」
「手前ぇ…」
「いや、何でキレるのさ。そこまで名前で呼ばれ、あ」

明らかな主張をかわそうとしていた臨也が口を滑らせ固まる。
うわしまったと呟く声が耳に届き、静雄は青筋を浮かべ目の前で乾いた笑みを浮かべる男を睨みつけた。

「手前、やっぱりわかっててシラを切る気だったのかよ、アァ?」
「…うんまあそこはそれっていうか」
「いーざーやーくーん?」

臨也は思わず視線を逸らしたが、がしりと頭を掴まれて無理やり元に戻される。

「いたいよシズちゃん」
「痛くしてるんだよ」
ぐっと掴む手に力が込められる。
「いっ、いたたたッ、ちょ、マジで痛いって!」
「首をへし折られたくなきゃ今すぐ言え」

力ずくで言わせようとする相手を臨也はきつく睨みつけた。
内心で渦巻く怒りに任せて叫ぶ。

「ッ…むしろ何でそこまで拘るんだよ!今までだってシズちゃんで通してきたんだし別にッ」
「良くねぇ!俺は一度だってそのふざけたあだ名を認めた覚えはねぇぞ、ノミ蟲」
「俺だってその呼ばれかたを認めた覚えはないよ!?」
「うるせぇ!手前はノミ蟲だからノミ蟲でいいんだ!」
「…うっわ、横暴っ。言葉の暴力反対!」
「殺すッ」

手を放して手近のテーブルを持ち上げようとする静雄に臨也が叫ぶ。
「うわっ、それ高いんだから止めてよ!君の給料くらいじゃ払えないよ!?」
幸いなことに、家具を壊したら弁償というルールを思い出したらしい静雄はしぶしぶといった風情でテーブルを下ろした。
「…ちっ」
「すぐ暴力に訴えるの止めたほうがいいよ。止められるシズちゃんじゃないだろうけど」
ため息をついて嘆くように言う臨也。
しばし広い室内に沈黙が落ちる。


「………なんで呼ばねぇんだよ」
「うわ、まだ蒸し返すの」

ポツリと落とされた言葉に嫌な顔をして相手を見た臨也は、文句を言おうとして、だが、向けられる視線に動きを止めざるを得なかった。

「…………」

無言でじっと見つめる視線はまさしく捨てられた子犬のそれで。
―なにそれ何のいじめ!?むしろ拷問!?いやいやこっち見ないでよホント!
静雄のこれに弱い自覚のある臨也は目を逸らすこともできず、呻く。

「呼べよ」

命令に近いのに懇願の色が滲む声。
わかっていてやっているとしたら非情にたちが悪いが、相手は静雄なので無意識で確定だ。
追い詰められた臨也は必死に逃げ道を探す。

「……それ、は…」
「呼べねぇのかよ」
「あ、う…ええと」
「臨也」

決定打の響きに、ついに臨也が押し黙る。
視線をうろうろと動かして、何度か小さくため息をついて。
暫くの沈黙の後、諦めたのか俯いたまま口を開いた。

「…し、…しず……し…ず」

しずまでは言えるがその先のたった一音が出てこないらしい。
「いーざーや」
催促されて戦慄きながら絞り出そうとする。

「し、ず……し………だあああぁぁっ、呼べるかー!!」

大声で叫んで髪を掻き毟る。
「おい」
「無理無理無理無理絶っ対無理!」
「…手前、顔真っ赤だぞ」
「うわあああっ、もう黙れっていうか死ね!!」
うっすら涙すら浮かべて睨みつけてくる臨也に静雄はああなるほど、と納得顔をした。
そして、少しはにかんだ笑顔を浮かべる。
「なんだ照れてるだけかよ」
「なんなのもうこのひと!?デレはいらないっ、そんなデレはいらないよシズちゃん!!」
喚く臨也の顔は耳まで真っ赤で、静雄はそれに笑みを深くする。
こうしていれば、普段は最低なこの男もかわいい愛しい存在でしかなかった。

「…うるせぇ」
「…んっ」

とりあえずぎゃあぎゃあ騒ぐ煩い口は塞いでしまうに限るな。そう考え静雄は即実行する。
不意打ちに開いたままだった唇の隙間から舌を侵入させて、逃げを打つ臨也のそれを絡めて引き出す。
軽く食んでくすぐるようにしてやれば、強張った身体から力が抜けていく。

「は、あ…」

一通り味わってから開放して満足げに目を細め、静雄は閉じられた瞼にキスを落とした。
そして、まだ荒い息を整えようとしている臨也の耳元に囁く。

「いつか絶対呼ばせるからな」
「……じゃあその前にシズちゃんを殺せば万事解決だね」
「やっぱ手前は黙ってろ」

すかさずかわいくないことを呟く唇は、再び塞いでしまうことにした静雄だった。














※ありがちネタ。いまさら恥ずかしくって静雄なんて呼べるかって思ってる臨也さん。
一人称だと混乱っぷりが際立つ感じで面白いかと思ったけど、ウザさも上昇するのでやめました。


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