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戦いの最中に何を見る










逃げ回る臨也に向かって物を投げるのはいつものことだ。
そう、いつものことなのだが。ただ、今日は少しばかり事情が違っていた。

「ちょっと待ってよ!落ち着いてって!!」

そう叫んだ臨也に、俺は迷うことなく掴んだ看板を放り投げた。
難なく避けられたが、別にいい。それは当てるために投げたわけではないからだ。
右手に握ったままだったカーブミラーに僅かに意識を向け、臨也の背後に『飛ぶ』イメージを描く。

「ッ!」

臨也は俺の思った通りの位置に出現したカーブミラーにぶち当たって、打ったらしい額を押さえる仕草をした。
は、ざまあみろ。無様な天敵の姿を鼻で笑って、悠々と近づく。
睨まれたが、痛みのせいで涙が滲んだ目では迫力などかけらもない。

「…くっそ…さいあく」

じり、と後退するが、下手な動きはさっきの二の舞になると学習したらしい。
臨也は俺の行動から視線を逸らさないまま、それ以上大きな動きを見せようとしなかった。
握られたナイフが気休めに過ぎないと理解しているせいか、その表情には焦りの色がはっきりと浮かんでいる。

「臨也くんよぉ、よくもさんざん逃げ回ってくれたよなぁ?」
「いや、俺だって悪かったとは思ってるんだよシズちゃん。ただ、仮にも恋人に対してここまでしなくてもいいんじゃないかなーとか思うわけで…」
「はっ、じゃあその恋人を騙して訳わかんねぇ薬を飲ますのはいいってのか?」
「…う、いや、その」
うろうろ泳ぐ視線に苛つきが増す。
まさか超能力なんて出るとは思わなかったんだよとか言い訳しているが、知ったことか。
――俺がこの、いわゆるテレポートとかいう能力の存在に気がついたのは今朝、家を出る直前で。
心当たりは昨日臨也から渡された栄養ドリンクしかなかったから、仕事が終わったらぶん殴りに行くと決めて家を出た。仕事中、この変な力をうっかり使わないように気を遣うたび、当然苛々は募っていった。
そんな状態が続いて、いい加減我慢も限界というところで偶然ばったり出会ってしまったのは、こいつの日ごろの行いが悪いせいだと断言できる。
よって、この状況は臨也の自業自得だ。

「とりあえず死んどけ。それで許してやるよ」
「いやいやいや!死んだらそこで終わりだからね!?」
「そいつはせいせいするなあ」
「うわ、シズちゃん目が本気…」

俺の怒りは充分伝わったようで、口元を引き攣らせた臨也はくるりと方向転換して走り出す。
止まっていてもやられるならまだ可能性は低くとも逃走する方にかけることにしたらしい。
ちっと舌打ちして、俺は手近にあったコンビニのゴミ箱に触れた。
投げるか『飛ばす』かで一瞬迷って、飛ばす。

「うわっ」

目の前に出現したそれを慌てて回避し、臨也はちらりと振り返って――。

「ちょっと待てシズちゃん!それは死ぬ!マジで死ぬから!!」

俺が次に飛ばそうとしていたものに気付いて、血相を変えて首を振った。
ちっ、さすがに自動車だったら潰せるかと思ったんだが。シズちゃんそれいくらすると思ってるの!?と言われて、いくらか知らないので諦めることにした。ひょっとしたらすごく高い車かもしれないしな。
適当に目に付いたものを投げたり飛ばしたりして臨也の進路妨害をしつつ。
殺傷力の高そうな得物を探していて、ふとあることに気がついた。…いや、気づいてしまった、と言うべきか。

こうやって攻撃され続けてもなお、臨也は普段の喧嘩同様、ただの一度も怯えたりしていない。それはとりもなおさず、俺が臨也に決定的なダメージを与えたりしないと信じているということで。

そんなある種の信頼とも呼べるものがすっかり構築されてしまっている現状に、俺はよりによって今この場で気付いてしまったわけだ。
例えそれがどんなものであれ、好きなヤツに信じてもらえるというのはそれなりに嬉しかった。
だから、俺はクソッと心中でだけ呟いて、投げようとしていた自動販売機から手を離す。
あと少し気付かずにいられたら、これを投げて終わりにできたかもしれねぇってのにな、と思わないでもない。…感謝しろよノミ蟲。
嘆息して、俺は自販機の代わりにポケットからライターを取り出して、そこそこ手加減を加えた上で投げつけた。
すこんといい音がして、臨也がその場に蹲る。

「……シズちゃん、これ、結構痛いんだけど…」

頭を抱えて唸っている相手に近づけば、文句を言われた。
知るか。全面的にお前が悪い。
そう思いつつ、胸倉を掴んで引き起こす。

「手前、覚悟はできてるんだろうな」
「できてないしする気もないからとりあえず放してよ。服が伸びちゃうからさ」
「………」

ムカつくので、一度足が地面から離れるまで吊り上げてから、落とす。

「痛い!酷いよシズちゃん!!」
「酷くねぇよ!」

むしろ酷いのは手前だろうがッ。
そう叫び返すが、無視された。臨也は一瞬で立ち上がって、攻撃を仕掛けてくる。
ひゅっと空気を裂く音がして、ナイフが一閃された。
予想していたそれを難なく掴む。どうせ切れるのは薄皮一枚だけだ。

「危ねぇだろうが」
「どこがだよ…クソッ、放せよ化け物」

俺を真っ直ぐ睨み付けてくる目は、憤りだけが渦巻いている。
そこには、やはり恐怖は見当たらない。
力の差は歴然としていて、さらにテレポート能力なんてものまであるってのにだ。

「俺が怖くねぇのかよ」

今はこんな力まで持ってるんだぞ?とナイフを遠くに『飛ばして』やれば、臨也の眉間に皺が寄った。
不愉快そうに跳ね上げられた眉に苦笑する。どうやら脅しは効果がなかったようだ。
独特の色彩を持つ瞳を僅かに細め剣呑な眼差しを向ける臨也と睨みあうこと数秒。
ゆるゆると身体の力を抜いて手を下ろした臨也は、はふ、と溜息をつく。

「あのねぇシズちゃん。俺が何年君と一緒にいると思ってんのさ。いまさらそんな力が増えたくらいで怖がるはずないだろ。またない頭で馬鹿なこと考えて俺を試そうとか、どういうつもり?」

思惑は読まれていたらしい。
普段悪趣味な手で俺を試すこいつに意趣返ししたかったのだが、特に反応もなく看破されて、企みは失敗に終わってしまった。わずかなりとも動揺すればまだ可愛げがあるんだが、まあ、そう上手くはいかないのがまた臨也らしい気もする。

「ない頭は余計だ」
「でも馬鹿だよね」
「………」

一瞬またお互い睨み合って。
それから、同時に大きく息を吐いた。
意味がない。不毛だ。そうお互いに思ったのが伝わってくるようで、どちらからともなく笑う。

「その薬の効果は一日だけらしいから安心してよ」
「そうかよ。ちっ…仕方ねぇな…。今日は気をつけるようにする」
「うん。悪いけどそうしてね」

大して悪くもなさそうに言うのが気に入らないがまあいい。
――『折原臨也は平和島静雄を恐れない』
それを改めて確認できたのだから今回のことは許してやることにしようと決めた。
元々俺は怒りが持続しない性質だし、なによりもそろそろ昼休みが終わりそうだった。

「じゃ、仕事戻るわ」
「うん了解。またねシズちゃん」





手を振っていつになく穏便に別れて。
少し道を歩いて角を曲がったところで、タバコを吸おうとポケットに手を入れて。
そこでようやく、俺は臨也に投げつけたライターの存在を思い出した。

「…やべ」

ゴミはゴミ箱へ、じゃないが、ゴミをむやみに増やすのはよくない。
そう思い、取りに戻ることにする。
くるりととって返し、しばらく元来た道を歩くと、そこにはまだ臨也がいた。
俺の目的であるライターを手の中で転がしながら、何事か呟いているらしい。

「…でも超能力かぁ。…んー…次こそ当たりだといいなぁ」

もう少し近づいたところで、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
聞いた内容を脳内で反芻してみる。
………。
つまり何か?お前が俺に飲ませた薬は『はずれ』で、本当は別な効用を期待してたってことか?
理解した瞬間、怒りが再燃した。びきりとこめかみに青筋が浮かぶ。
臨也のことだ。どんな効果を狙ったのかはしらないが、どうせろくなものではないはずだ。しかも、『次』ということはまだ仕掛ける気でいるらしい。

「まあいいや、次こそ――、って、あ、れ…シズ…ちゃん…?…君、もう行ったんじゃ…」

ようやく俺の存在に気付いたらしい臨也がひくりと頬を引き攣らせる。
残念だったな。本当はライター取りに戻ってきただけだったんだがなぁ。「手前、全然反省してねぇみたいだなあ?」
「あ、ははは、は…」
「やっぱ手前は今ここで殺したほうがいいらしいなぁ?」
「…あ、いや…あのさ、ちょっと落ち着いて冷静に俺の話を――」
「なあ臨也くんよぉ」
「…な、にかな…?」
「ぶっ潰してやるから覚悟しろよ?」

俺の宣言に、臨也は一気に青くなって逃げ出して。
その欠片も反省していないらしい態度に、俺も手加減はしてやらないと決めた。
とりあえず、しばらく何かしようという気を起こさない程度にボコボコにしてやろう。そう心に誓って。
俺は手近な標識をへし折り、臨也を追って走り出した。
















企画サイト『だだ漏れ!!』さまに提出させていただきました!
戦いというよりただの喧嘩ですね…。しかも臨也さんは巻き込まれ型ではなく自分で蒔いた種による自業自得という趣旨と違う気がする内容に…。すみません。でも楽しく書かせて頂きました!ありがとうございました!


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