番外編 大人の鬼ごっこ3


「……落ちたのか」
疑問形ではなく、確信に近い口調でその人影はアルフォンソに話しかけた。アルフォンソが、苦笑を浮かべて目だけを上に向ける。そこに居たのは、相変わらずの無表情を浮かべたグレンだった。ただ、ちょっと今は呆れたような色が表情に滲んでいるのを見て、アルフォンソは苦笑を深めた。

「グレン、お前を捕まえるつもりは毛頭ないから、良ければ助けてくれないか?」
アルフォンソがそう言うと、グレンは溜め息を吐きながらもアルフォンソの体を上手く引っ張りあげた。全身にこべりついた錆を払い、アルフォンソはグレンに礼を言うと、すぐさま駆け上がろうと足を踏み出した。が、グレンがアルフォンソの頭を鷲掴みにしたため、アルフォンソの足は一歩を踏み出した形で踏みとどまることとなる。


「待て。貴様、デニスを捕まえるつもりだろう」
「ああ、ペナルティがペナルティだからな……デニスのパシリなんて、どう考えてもみんな迷惑だろ」
だから本人を捕まえる。そう言ったアルフォンソの言葉に、クックとグレンが低く笑い声を漏らした。
「貴様ならそう言うと思っていた。とはいえ、時間も少ない。俺が貴様を手伝ってやろう」
アルフォンソは驚きに目を丸くし、グレンを見つめた。

「いいのか? お前がいいのなら、それはそれで助かるが……」
「構わん。こんな馬鹿げた遊びに付き合わされ、若干苛立っていたのが本音だ。今ごろは悠長に構えているだろうデニスに、どうにか仕返ししてやらなければ気が収まらん。……それで、肝心のデニスの居場所は知っているのか?」
グレンがニヤリと笑って言う言葉に、アルフォンソは納得したように笑みを浮かべて、それから、少しだけ首を曖昧に傾げた。
「いや、はっきりとした居場所は分からない。だが、屋上が怪しいと思うんだ」
アルフォンソの言葉に、グレンはふむ……と考え込んだ後、軽く頷いた。
「いいだろう。貴様の言うとおり、屋上に向かうとしよう」

淡々とそれだけを言うと、グレンは階段の存在をスルーしたかのように音も立てずにフワリフワリと跳躍して、上へ上へとあっという間にその姿を消していった。アルフォンソはその姿を一瞬だけ羨望の眼差しで見つめ、諦めたように浅く溜め息を吐くと、グレンに続くように五段飛ばしで階段を駆け上がり始める。



グレンとアルフォンソの目の前には、屋上へと続く唯一の扉がある。扉には開かれた錠がぶら下がっており、アルフォンソとグレンは容易く屋上に招かれた。扉を開けた先には広がる暗闇があり、少し遠くには町の街頭が煌々(コウコウ)と光っているのが見える。誰か上手く隠れているのか、それとも単に誰も居ないだけか。アルフォンソの瞳に映る視界には、人影一つとして入ってはこなかった。

「……誰も居ないのか?」
アルフォンソがポツリと呟いた瞬間、屋上の扉がギギギと古びた音を立てながらガチャリと閉められた。アルフォンソとグレンはチラリと扉を見て、何事も無かったかのように再び辺りを探るようにして目を向けた。

「いや、僅かだが人の気配を感じる。……おそらく、デニスだろう」
淡々とグレンは遠くを見るようにしてそう言うと、アルフォンソに目を向けた。
「逃げられぬように俺は扉の前で見張っていよう、探してくるといい」
グレンの言葉にアルフォンソは一つ頷くと、一番怪しい給水塔の裏をグルリと回ったが、何も見つけられなかった。渋々といったようにグレンの前に戻ってきたアルフォンソは、はたと足を止める。グレンの姿が消えていたのだ。


真っ暗闇の荒廃したマンションの上で、アルフォンソは戸惑ったような表情を浮かべて屋上の扉の前で立ち尽くす。妙な違和感を感じた。

その瞬間、アルフォンソの耳に低い呻き声が聞こえてきた。誰かがクツクツと笑う不気味な声が頭上から聞こえてきて、アルフォンソは肝の冷える思いがした。目の前には給水塔があり、アルフォンソはその給水塔をゆっくりと見上げた。瞬間、ぬうっと黒い影がアルフォンソに覆い被さるように落ちてきて、アルフォンソは驚きつつも慌ててバックステップを踏んだ。

何が落ちてきたのかと、アルフォンソはバクバクと鳴り響く心臓を鷲掴みにした姿勢で数秒間立ち尽くし、ゆっくりと、身長に落ちてきた黒い物体に近付いた。拾い上げて見たそれは、非常に見覚えのあるものだった。

アルフォンソの上に落ちてきたものは黒い革のコートで、それは見間違うことのないデニスのコートだった。

「……は?」
変な声を上げてアルフォンソが頭上を見上げると、給水塔の上から音もなくニョコっと黒い影が出てきて、アルフォンソはビクっと肩を震わせた。
「よお、ビビったか?」
闇に慣れてきたアルフォンソの視界に、給水塔の上からニンマリと良い笑顔を覗かせているデニスが映った。すかさずアルフォンソは槍を頭上に突き出すと、デニスの筋骨隆々としたたくましい肩を神速の突きでほんの僅かだけ掠めた。

「これでもルールには則(ノット)ってるだろ? 鬼の交代は、プレイヤーの右肩に触るだけでいいんだから」
「うげぇ、そうくるかよぉ……」
デニスが予想外のアルフォンソの攻撃に顔をしかめた瞬間、通信機器がノイズ音を立てた。

『鬼はアルからデニスに移ったのだよ。ということで、ペナルティは無しだ。……次のペナルティだが、それを言う前に一つ知らせがある。先程ルカが倒れたようで、シルヴィアと共に俺のキャンピングカーに来ているのだよ』

そこで、通信は一旦切れた。
その知らせを聞いて、アルフォンソはさっと顔を青くした。次いで、アリサへの怒りの炎がゴウゴウと燃え上がる。そんなアルフォンソの目の前に、デニスが給水塔の上から飛び降りてきて黒いコートを拾い上げると、パッパとそれを軽くはたいて袖を通す。
「アリサの奴、張り切ってんなぁ」
ポツリと暢気にそう言ったデニスをアルフォンソはキッと睨みつけると、凄まじい勢いで屋上の扉からマンションの中に飛び込んだ。その様子を呆れたような眼差しで見つめながら、デニスは懐から取り出した煙草に火を付け、口に運んだ。すると、再び通信機器が小さくノイズ音を立て、リックの声が再び通った。

『そういうわけで、鬼ごっこは終わりにするのだよ。最後に残っていたペナルティは、一週間の俺の仕事の助手だが、これはマンションから最後に脱出した者のペナルティとする』

その瞬間、デニスは屋上の低いフェンスに右足をかけると、何の躊躇いもなく暗い闇の宙に飛び出した。フワリと浮く体躯を感じて、次に思い切り投げられた剛速球のように地面へと落下していく。デニスはニヤリと笑うと、懐のパワーガンを撃ち放って落下速度を緩めると、マンションに張り巡らされている水道管やら浮き出ている窓枠を足先でガンと強く蹴り、少しずつ落下速度を緩めていった。そして、最後の着地は翻(ヒルガエ)った革のコートをブワリと大きくはためかせる程に重い一発の銃撃とともに、華麗に決めたのだった。

次第に集まりを見せた<RED LUNA>の面々で、最後にやってきたのは五階に上手く潜んでいたらしいライノだった。一番に脱出したのは言わずもがなアルフォンソで、次に一階に居たらしいグレン、それから屋上から飛び降りたデニス、青ざめながらマンションから逃げ出してきたバルトロメ、上からライノが駆け下りてくることを気配で察知していたために余裕の笑みを浮かべて出てきたアリサが続き、最後には嫌そうな表情をありありと浮かべたライノが降りてきたのだった。もちろん、彼には最後のペナルティとしてレベルの高い、つまりはハードなペナルティである一週間のリックの仕事の手伝いが命令されることになり、ライノはイライラとした表情で二つ返事で了承すると、おもむろに煙草を取り出して吸い始めるのだった。

アルフォンソがシルヴィアに治癒魔術を施されているルカを心配そうに見つめていると、そこにずいっとアリサが割り込んできて、アルフォンソはカッとなってアリサの肩を掴んだ。
「おいアリサ! 何でいっつもここまで手酷くやるんだ、俺の弟を殺す気だろう!」
「うっせぇよ、アタシらの訓練に口出しすんな」
怒鳴ったアルフォンソの声に鬱陶しげにアリサは顔をしかめ、肩に置かれたアルフォンソの手を弾いた。アリサはそのままチラリとルカの様子を伺うと、アルフォンソが引き止める声も聞かずに、先に戻っているとデニスにだけ不機嫌に告げて、ベースキャンプのある方へと歩を進めた。その後ろを追いかけようと、怒りのアルフォンソがアリサの後を追うべく一歩を踏み出した瞬間、アルフォンソは視界の隅に映ったグレンをはたと見て、首を傾げた。

「グレン、デニスを探すの手伝ってくれてありがとう。けど、いきなり居なくなったから驚いたな。ああゆう時は、何か一言でも言ってから移動してくれると助かるんだが……とりあえず、ありがとな」
苦笑を浮かべながらアルフォンソはグレンにそう言うと、慌ててアリサの後を追うように駆け出した。その後ろ姿を見ながら、バルトロメがヒュウ、と口笛を吹いた。

「へえ、お前が人の手伝いねえ……」
バルトロメが感心したようにそう言ってグレンを振り返れば、そこには硬直するグレンの姿があった。バルトロメは首を傾げ、固まったままの不自然なグレンの目をじっと見つめた。グレンは無表情のままにあごに手を当てて何かを考え込むしぐさをすると、ゆっくりと顔を上げて一同を見渡した。

「……妙だな。俺は廃屋の中で、アルフォンソには一度も会ってはいないが」

一瞬の静けさがあり、治療に専念しているシルヴィアを除くデニス、バルトロメ、グレン、リックの四人の間に緊張が走った。血色の戻っていたバルトロメの表情が、再びさぁっと青ざめ始める。

「そういえば、三階あたりでしばらくアルフォンソがずいぶんと長い独り言を呟いていたのだが……」

リックが静かにポツリとそう呟いた瞬間、バルトロメは悲鳴を上げて失神し、その場に居た全員の背筋にゾクリとした得体の知れない感覚が走ったのだった。






-end-







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