聞いて | ナノ
明日の夜って会えるか。

黒尾君からのメールの内容はそれだけだった。
メールが送られたのは昨日の夜だったわけだから、この“明日”とはつまり今日のことだろう。
彼が一体何を考えているのかさっぱり見当がつかないが、兎に角返信はすべきだよなとメールの返信ボタンを押した。

(……しっかし、どうしよう)

そう。時間があるかと言われれば、あるのだ。──しかも恐らく、彼なんかよりもずっと沢山。
ただ問題なのは行ってどうするのかということである。

うーむと悩みながらディスプレイを睨むと、時間は着実に過ぎてしまっていて。一文字も打っていないまっさらなメールをとりあえず保存して学校に向かう支度を始めた。


「おはよう棗ーっ!」

学校に着くや否や、どん!といつものように軽いタックルをかましながら突撃してきた親友に挨拶を返し、席について携帯を開く。

「お?誰かにメール?」

「うんまあ。……彩香、あのさ」

親友の名前を呼ぶ。なあに、と首を傾げる彼女は我が親友ながら可愛い。

「今日の夜ってご飯一緒できる?」

「え?うーん……今日は無理かなあ、部活があって。ごめんね棗」

申し訳無さそうな表情を浮かべる彩香に、ううん、急にごめんと返事をして笑った。

(…………ふう)

会う、か。
密かに賭を行った今の質問。彩香とご飯が食べられるならそれを言い訳に会わないことにしようと決めたのだ。

カチ、と本文をつくっていく。

会えるよ、と。
絵文字も顔文字も使わない、質素なメールに自分でも笑いが漏れる。これじゃあ私は黒尾君を嫌ってるみたい。

ひっそりとメールを送信し終えて彩香の話を聞く。どうやら昨日でお目当ての方のメアドを聞き出せたのだとか、同い年だと思っていたら後輩だったのだとか。まさかの年下だったことには流石に驚いたが、本人が幸せなら構わないだろう。
恋愛は何にも縛られることは無いと思う。

(恋愛は、もっと自由なものだと思ってた、けど)

ずっとずっと思い続けていることも恋愛のうちに入るなら、私はもう何年黒尾君に恋し続けているんだろうか。
小さく震えた携帯を取り出しメールボックスを開くと、予想通りの差出人。

“今日のディナーはご一緒出来ますか、お嬢さん”

茶化した文字で彩られた誘い文句に思わず頬が熱くなる。こんなキザなメール、他の人から貰ったら寒気しかしないだろうに。まったく恋の力というのは絶大である。

大丈夫。
たったそれだけで返信を済ませて机に伏した。
だってきっと、今顔を見られたら赤くなってるよと指摘されるだろうから。
彩香の「どうしたの?眠い?」という声に大丈夫大丈夫と返事をしながら、顔の熱が引くのを待ったのだった。


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