『棗』 電話の先の鉄朗の声色が、変わった。 期待を孕んだような、何かに喜びを感じたような。 『……俺、結構簡単に期待するけど大丈夫か?』 期待とは。鉄朗が何を期待しているというのだ。 ──もし本当に、鉄朗が私のことをまだ好いていてくれるのなら。そう期待してしまうから、やめて欲しい。私は期待を裏切られるのも怖い。本当に臆病者だ。 でも。そんなことは悟られたくないから。 ばれているかもしれない、でも、ばれていないかもしれない。 そんな半々の確率に賭けて、 「好きにしたらいいよ、……鉄朗」 私は平静を装うのだ。 『……明日』 『明日は、会えねえか?』 鉄朗の声もまた、いつものトーンに戻っていた。 それにしても、明日とはまたせっかちな話だ。……せっかちだと、思うのに。 「ディナータイムが空いていますよ、主将さん」 すぐに会いたいと返事をしてしまう私も、どうかしている。 前に鉄朗が茶化しながら誘ってくれたご飯のようにきざな台詞で誘いをかけてみたけれど、私が恥ずかしくなっただけだった。 『それではお迎えにあがりましょうかお嬢さん』 更にノって返してくる鉄朗は恥がないのか、と思う。似合っていることを分かっているから恥ずかしくないのだろうか。 「ごめんなさい負けたからやめて。……お迎えは要らない……っていうか私の方が早いでしょう。私が行く」 『……あー…………』 渋っている様子がありありとわかる声。迎えに来られると何か都合の悪いことでもあると言うのか。 「……駄目なの?」 『や、駄目っつーか……あんまり棗のこと見られたくねえっつーか…………あー、つまり』 お前のこと、なるべく独り占めしときてえの。 それを聞いた途端、私の顔に熱が集まるのを感じた。何を言っているのだ、彼は。 本当に鉄朗はさらりと赤面させるようなことを言う。昔はもう少し、純情さが残っていたような気もするのだけれど。 「……鉄朗、女誑しに磨きがかかったのね」 『いや俺棗と付き合ってる間は一回も女口説いてねえけど』 「は」 嘘だ。だっていつだって鉄朗の周りには彼のことを好きだという女の子がいた。 そう、そして私は、その可愛くて怖い女の子達に気後れして。 『ほんとだって』 「……う、そ」 陰で睨んでいる女の子が怖くて。 隣に並んでる時間が幸せなのに、同時に怯えていて。 周りの女の子達に鉄朗の気が向いてるんじゃないかって恐ろしくて。 そして、受験勉強を理由に疎遠になった。 私が、あの時の関係を壊したの? ← → |