短編 | ナノ
何に対してもやもやするのか、と問われても答えようがない。ただ、理由はきちんと分かっているからきちんと解決することは出来る。一人では出来ないし、初めはどうしたら良いのか分からなかったけれど、今の私は、このもやもやをあっという間に消し去ってしまう方法を、ちゃあんと知っている。


男バレの部室から、見慣れたシルエットが出て来るのを確認した。一人は三年間同じクラスの白いミミズクヘッド、そしてもう一人は、ミミズクヘッドに強引に連れていかれたバレーの試合の時に一目惚れした、癖の強い黒髪だ。
猛烈にアタックして一つ年下の彼──もっとも、私や木兎なんかよりもよほど大人びているのだが──と付き合えることになったのはもう一年以上前だったか。そのことだけは、悪友のミミズクヘッド──つまり、男バレのエースである木兎──に感謝している。

お目当ての人を見つけてしっかりとロックオンした私は、ぱっと二人の元へと駆け出した。

「赤葦!」
「何でなまえさんが此処にいるんですか」
「あっれ、名字じゃん?どうした?」
「あっ木兎!ねえ部活始まるまでちょっと赤葦貸して」
「仕方ねえなー、ちゃんと部活始まるまでには俺達に返せよ!」
「……二人とも、俺のことモノかなんかだと思ってます?」

いいからちょっと来て、と赤葦の手を取る。冷めた反応のわりには毎回ちゃんと手を握りかえしてくれる、赤葦のそんな所が私はたまらなく好きだ。
人の滅多に来ない部室棟裏、そこに到着して私は躊躇無く赤葦の胸に飛びついた。赤葦はといえば、私が唐突に部室を訪れた時点で何となく察しはついていたのか、とくに驚いた様子もなく私を受け止めてくれる。そっと腰と後頭部に回された赤葦の手が優しい。ぎゅうと顔を彼のジャージへとうずめると、いつもと同じ洗剤のにおいがした。

「またもやもやタイムですか」
「木兎の……しょぼくれモード?よりは面倒じゃないでしょ」
「大差ないと思いますよ」
「え」

思わずジャージにうずめていた顔を上げると、呆れたような表情をした赤葦と目があった。じっと視線を逸らさずに見つめると、赤葦は私の求めていることが分かったらしく、後頭部に添えた手で私の頭を撫でた。ゆっくり動く大きな手が心地良い。
私は存分に赤葦を全身で補給しながら呟いた。「赤葦不足」。補給なんて言葉は人に使うものではないのかも知れないけれど、それが適切だと私は思う。赤葦から私は活動するためのエネルギーを貰うのだ。花に水をやるように。スマートフォンを充電するように。

「赤葦不足になるともやもやしちゃうの」
「知ってます」
「でね、今日はまだすっきりしてない」
「まだ足りませんか……」
「うん、全然足りない」
「じゃあもっといちゃつきますか」
「うん」

すると赤葦は少し悪戯っぽく笑った。その表情に見とれていると、不意打ちで唇と唇がくっついた。

「でも、俺これから部活なんで、今はそれで我慢して下さい」
「そっか、部活……」
「だからなまえさん、今日、部活終わったら何処か飯でも行きますか」

その提案に、私の頬は分かりやすく緩んでいく。赤葦は本当に私を喜ばせる天才だ。行く、とすぐに返事をする。
赤葦は私の返事を聞いて「木兎さんのとの自主練、早めに切り上げますから」と言った。今日は自主練しません、と言わないところが彼らしいし、私はそんな彼が好きだ。

「……じゃあ、部活、頑張って」
「はい。なまえさんはどうしますか」
「残念だけど課題があるので教室です」
「じゃあ、部活終わったら迎えに行きますね」

待ってるね、と言って赤葦から身体を離した。教室へ向かおうとすると、ぐっと手首を掴まれる。赤葦がこんな風に引きとめるのは初めてのことだ。
どうしたの?と訊ねようとした言葉は、発する前に口の中で消えた。振り向いたときに、私の唇はなにか柔らかいもので塞がれたからだ。そっと唇からそれが離れると、私はそれが赤葦の唇であったことに気付いた。至近距離にあった赤葦の顔が離れて、表情が分かるようになる。いつも通り無表情寄りな顔で、赤葦は「俺も、なまえさん補給しないと部活頑張れないんで」なんて言ってのけた。

それじゃ、と去っていく赤葦をぽかんと見送った後、震える指先でそっと唇に触れた。じわりと頬が熱を帯びたのを感じる。いつの間にかもやもやはきれいさっぱり消えていて、この胸に残ったのは高鳴る鼓動だけだった。


title by routeA
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