「ん……む、う」 もう無理、と彼の胸を軽く叩くと名残惜しそうに唇が離れた。ぐい、と肩を押して距離をとると、楽しそうに笑っている彼の顔が見えて恥ずかしくなる。きっと今の私の顔は赤いのに、彼はこんなに余裕そうだなんてなんだか悔しい。 じいっと貴大の顔を見る。男の子とは思えないくらい白くて綺麗な肌に色素の薄い髪。長い睫毛。薄い唇。貴大が女の子だったら、顔のパーツで私がこの人に勝てるところは唇くらい何じゃないかなあ、と思った。私の方がぷっくりしてる。まあ、それも人の好みだと思うけれど。現に私は貴大のあの唇が大好きだ。 貴大が舌で唇を舐める姿は、本当に同級生かと疑いたくなるくらい色っぽい。しかも今、その薄くて形の良い唇は私のグロスできらきらと艶めいている。可愛らしいピンクの艶は貴大には似合わないけれど、それが私のグロスだと思うとなんだか素敵に思えた。 キスしたときに唇についたグロスを親指で拭いながら、貴大は「なまえ、大丈夫?」と声をかけてくれる。 「……大丈夫、だけど」 「じゃあ、もう一回。な?」 大丈夫と言ったものの、万全でないことは貴大だって分かったはずだ。なのに間髪入れずに再び唇を合わせてきたところから推測するに、どんな返事が返ってきてももう一度キスする気だったんだろう。仕方ない、と諦めて為されるがままに目を閉じた。そういえば男の人ってグロスがあまり好きではないんだっけ、と以前友人たちが盛り上がっていたことを何となく思い出しながら。 貴大とのキスは嫌いじゃない、というより好きだ。それはそうだろう、好きな人とのキスが嫌いな人なんてそうそういないと思う。けれど、私にはまだ今日はやるべきことが残っているのだ。こんな状態では埒があかない。 どうすべきか、と回らない頭で考えているとゆっくりと唇同士が離れる。目を開けると、少し不満げな貴大が「なんか別のこと考えてるでしょ」とぼやいた。勘が鋭いというかなんというか。でも、考えていたことは貴大のことだから私に罪はないと思う。 「……ケーキ食べ終わってすぐにキスとか、突然すぎ」 「ゴメンって。そんなこと考えてたの」 「だってまだプレゼントも渡せてない」 「あー、そういうこと」 別にプレゼントがなくてもなまえが今日泊まりに来たってだけで十分だけどね、と言う貴大はやはり狡い。そうやって私をもっともっと貴大から抜け出せなくするのだ。まあ、もとより抜け出す気もないのだけれど。 「お誕生日おめでとう」 「今日の朝も夕飯の時も言われたけどね」 「一年に一日しかないしね。何回だって言うよ」 コレ、と綺麗に包まれた箱を渡すと、貴大はふうん、と楽しそうに相槌を打ってプレゼントの包装に手をかけた。指、長いなあ。白くて綺麗なのに、やっぱり私より手は大きいしゴツゴツしてるし硬そうだ。この手で頬を撫でられるのが私はたまらなく好きである。 「……時計?なんでこんな高そうなの」 「去年の今頃、貴大時計欲しいなって言ってたから。帰宅部はバイトする時間があるんだよ」 「マジで。……なまえ」 喜んでもらえた?と笑えば、名前を呼ばれた後にもう一度キスをされた。ちゅ、とリップ音を鳴らしてすぐに離れたキス。少し物足りなさを感じたことは絶対に教えてあげない。 「時計も嬉しかったけど、そんな昔のことをずっと覚えててくれたのがヤバい。超嬉しい」 アリガト、と抱き寄せられて私の身体はすっぽりと貴大の腕の中に収まった。そして、貴大はいつものように、私の大好きなあの手を優しく私の頬の上に滑らせる。貴大がご機嫌なときによくやる癖だ。 キスしてよ。そう目を閉じれば優しいキスが降ってくる。ゆるりと唇が離れた瞬間を狙って誕生日おめでとうと伝えると、「……言い過ぎ」と貴大は笑った。 花巻君お誕生日おめでとう! title by 喘息 |