「影山これ、昨日日向君が忘れて行っちゃったから渡してくれない?」 放課後、そう言って同じクラスの名字から差し出されたのは確かに日向が使っているタオルだった。 名字は普段はそんなに話すわけでもないが、時折話しかけられるとわりと楽しく会話が出来る──そんな相手である。 初めは女の子っぽい見た目の割に結構男前な発言を連発する彼女に驚いた記憶もあった。 「別に良いけど、なんで名字がアイツのタオル持ってんだよ?」 「え、昨日日向君に雑用手伝って貰って」 「雑用?」 うん、と笑顔で話す名字に何故だかもやもやとした気分になる。勿論理由はわからない。 「日向君優しいよねー!一人で大丈夫って言ってるのに“女の子だろ!”ってノートの山半分持ってくれて。なにアレときめくよ」 本当日向君可愛いわーと目の前で繰り返す名字に何故だか無性にイライラする。頭の片隅で、日向と名字が楽しそうに並んでいる様子が思い浮かんだ。 「…………──名字」 「え?影山ごめん、聞こえなかった」 「……次からは俺が運ぶから呼べ」 え、と口を薄く開けた名字。その表情を見てハッと我に返った。 自分は何を言っているのだろうか。 考えがまとまるよりも先に口から先ほどの言葉が滑り出ていたのだ。 「影山までどうしたの?大丈夫だよ別に」 「良いから。絶対だぞ、俺を呼べ。俺を」 分かったよ、と笑いながら指でオッケーと示す名字から日向のタオルを奪い取る。いつまでも名字に日向のタオルを持たせておきたくなかった。 日向じゃなくて、俺を。 俺だったら半分どころか全部持ってやるから。オマエはただ「仕事ないじゃん」とでも笑いながら職員室まで俺の横を歩いてればいい。 だから、他の奴に手伝わせんな。 そんな自分らしくもない考えを打ち破ったのは名字の明るい含み笑いだった。 「はは、俺を呼べ……って。影山そんなボアンティア精神溢れる青年だったっけ?」 「うっせ」 「分かった分かった、ごめんって。次は影山に頼むね」 じゃ、呼び止めてごめん。そう言って名字は自分のリュックを背負った。確か名字はテニス部だったか。 「……どうせ途中まで一緒ダロ」 「そうだね、じゃあ隣失礼しまーす」 ひょっこりと隣に並んで歩き出した名字の存在を確かに感じながら部室へと向かう。 部室までがもっと遠かったら良かったのに。そんなことを思ったのは初めてだった。 「じゃあな」 あっという間に部室棟に着いてお互いに軽く別れを告げる。少し、ほんの少しだけ物足りなかったが仕方ない。 カチャリと金属音をたてて部室のドアを開けたところで少し離れたところから名字の声が聞こえた。 「影山、部活頑張れ!……じゃあねっ」 それだけ。 それだけだったけれど俄然やる気がわいてきた。 一度入り損ねた部室に今度こそ足を踏み入れ、早く練習に行くために急いで着替えをする。名字に負けないように。 ***** 明夏様からのリクエストでした。大変お待たせしてしまって申し訳ありませんでした……! リクエストありがとうございました。 |