バレンタイン後のお話です * 「触んないで」 バレンタインになまえがチョコを届けに来てくれてから、漸く会えた日。久々に俺の部屋にいるなまえはやっぱり可愛くて、小さくて、なまえそのものだった。 暫くくつろいだ後に、彼女を抱きしめようとに手をのばす。しかし、その手はあっさりと避けられた──冒頭の台詞を残して。 俺が何をしたというのだろう。いつだって少し冷たいところはあるけれど、今日はどうも様子が違う。 少し前から記憶を手繰っても、彼女の機嫌を損ねるような事はしていなかったはずだ。そもそも、昨日電話で話したときには機嫌は悪くなかったのだから。 「なまえ?」 「なによ」 「ちょっと抱きしめさせてもらっても良いかなー……なんて」 「嫌」 なんて反応速度だと感動すら覚えるくらいになまえの返事は速い。流石にここまで嫌がられると凹む。 「……ねえ、なんか今日、機嫌悪いの?それとも具合悪い?」 「別に、機嫌も具合も悪くないわよ」 くっつかなくたって話せるでしょ、と言い放った彼女は確かに機嫌も具合も悪そうではない。理由が分かれば論破なりなんなりしていくらでも抱きしめる口実を作れるというのに、問題の理由が分からない。 ここは彼女の大好きなケーキの出番だろうか、と腰を上げた。 「なまえ、そういえば昨日ケーキ買っといたから持ってくる」 「……いらない」 今度こそ理解出来なかった。なんせ、今まで彼女がケーキを要らないという事などなかったから。 本当に混乱してきたというか、なんというか。 「……え、ケーキだよ?なまえ好きジャン」 「いいから。……私はいらない」 ふと、その声に切なさが混じっていたような気がした。本当に食べたくないのか、それとも我慢しているのか。 そこまで考えて、一つの可能性にたどり着く。 「なまえ、もしかして我慢してんの?」 「うるさい」 「なんでよ」 「……あーもう」 太ったの、バレンタインのせいで。 そう告げた後で分かりやすくむくれるなまえ。ずずずと膝を寄せて体育座りの形を取る。 「そんないっぱい貰ったの」 「ん……クラスの子と、逆チョコと、後友名前から……すっごいケーキ」 友名字はなまえに懐いているから仕方ない。クラスの子だって付き合いがあるだろう。問題は逆チョコだ。 全く人のなまえに手を出すなんて、とも思ったけれど、自分だって女の子からのチョコを断れないでいるのだから何かを言える立場ではないだろうと口を噤んだ。 「なまえ」 「ちょ、触らないで……っ!?」 ぎゅう、となまえを抱きしめる。じたばたと腕の中で暴れるが、なまえはやがて諦めたように大人しくなった。 「……太ったから、触って欲しくなかったのに」 「全然分かんないし。それに俺は別になまえがちょっとくらい太ったって気にしないし」 「私が気にする」 「なまえが太ることよりも、抱きしめられないこととか一緒にケーキ食べられないこととか、そっちのがイヤ」 じゃあ今日は一人一個じゃなくて半分こしよ、と言えばなまえは小さく頷いた。ほら、やっぱり食べたかったんじゃん。 「……徹、ありがと」 部屋を出る前になまえが顔を上げてゆるく笑った。その笑顔は純粋に俺に向けられているのか、はたまたケーキに向けられているのか。 ケーキだったら少し複雑だなあなんて考える、しかしすぐにどうでも良くなった。なまえが可愛く笑ってくれて、その笑顔を独り占め出来るなら。 title by 魔女 ← → |