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これは選択を間違えたかも、と僕は僅かな後悔を感じつつショートケーキを口に運んだ。人に奢ってもらったケーキというのは悪くないし、勿論目の前のケーキは美味しい。だが、一緒にケーキを食べている目の前の幼馴染み、その口から漏れる諸々はいただけない。

「蛍ちゃあん……」
「つまり王様が冷たい、ってことデショ?」
「影山君が悪いわけじゃなくて、私がワガママなんだけど」
「あーもう落ち着いてよ、此処で泣かれると僕が泣かせたみたいに見られる」

泣き出しそうななまえの口にケーキをのせたフォークを押し込むと、その流れに逆らわずになまえは口を閉じた。もぐもぐと咀嚼している間は泣き言も言えずに大人しくなっている。
漸く訪れた静寂に、溜め込んだ息を吐き出した。

そもそも、王様が恋愛向きでない人間だろうなということは予想できたことであった。
それでもこの幼馴染みは、王様を諦めることが出来ずに、どういうことだか付き合うところまで事を運んだのだ。そこまでにあった大小様々な苦労に関してはもう忘れることにする。思い出したって疲れるだけだ。
なまえはわりとバレーに理解もあるし、頭は回る方だ。だから、これといって王様の態度や生活サイクルに不満を漏らすこともなかった。ただまあなんというか、やはり不安になることもあるのだろう。王様は自覚がないだけで見た目は割と悪くないらしい。クラスの女子が言うには、のはなしだが。

ず、と氷が溶けて薄まった残り少ないアイスティーをストローで啜る。なまえは僕に倣ったように自分のオレンジジュースを口に含み、ごくんと飲み下した。

「影山君って私のこと、彼女だと思ってくれてるのかな」
「さあ?単細胞だし、もしかしたら忘れてるかもね」
「えっうそ、蛍ちゃんどうしよう」

ああでも、とか影山君の負担になるくらいならいっそ、とか、訳のわからないネガティヴな発言をひとり繰り返すなまえを尻目に、僕はスマートフォンと取り出した。ひとりで相手をするのが面倒になってきたのだ。そろそろケーキの残りも少ないし。
一度二度軽くタップし、チャットアプリを開く。ぽちぽちと必要事項を書き込むと、あいつにしては珍しくすぐに既読マークがついた。

「え、蛍ちゃん聞いてる?ついにスマホ?無視やめよう?」
「なまえうるさい、大人しく自分のケーキ食べてな」
「酷い……」

そう言いつつも大人しくモンブランをつつきはじめるなまえはやはりお人好しだ。
物わかりがよくてお人好し、この性格故に今の面倒な状況が生まれているのだから何とも言えない。長所であり、短所。物わかりがいいのは結構だが、今の状況下においては明らかにマイナスとしての効果を生んでいる。それでも憎めないのは、こいつが根っこからいい子だからだろう。
最後にとっておいた苺を口に放り込む。瑞々しいが、あまり甘くなかった。ハズレか、と嘆息する。それと同時に、カランコロンと軽い音をたてて喫茶店の扉が開いた。

思ったより早いそいつの登場に、僕は口の端を吊り上げた。なまえ、やっぱお前、ちゃんと愛されてるよ。

まん丸で真っ黒な頭が、入り口付近でひょこひょこと揺れている。ぱっとこちらの姿をみとめると、まっすぐに歩み寄ってきた。目の前の幼馴染みはといえば、先程まで話題の中心だった人物が突然現れたことに驚いているようだった。

「え、なんで影山君が、蛍ちゃん?」
「おい月島、なんでお前がコイツと一緒にいんだよ」
「王様に教える筋合いはないね」

なまえの言葉も無視して僕に突っかかってくる王様に、思わずため息をついた。お前は何のために此処まで来たのだ、と問いかけたくなる。

王様が此処に来たのは、僕からなまえを取り返すためだろう、と思うのだが。なにせ、先程僕がスマートフォンをいじったのはこの為なのだから。
「あんまり彼女のことほったらかしにしない方が良いんじゃない?」というメッセージとともに、先程密かに撮っておいたなまえの写真を送りつけたのだ。その後にひとこと、「駅前の喫茶店」とだけの言葉を添えて。

「王様さあ、なまえのこと大して好きでもないなら、ちゃんとフってやったら?」
「は?」
「蛍ちゃん?!」

王様の顔つきが変わったのが分かる。泣きそうな顔で慌てているなまえはひとまず後回しだ。王様が、試合のときに見せるような鋭い光をなみなみと湛えた瞳で、敵意を隠そうともせずに僕を見た。もう一押し。そう感じて次の挑発を口の中にためた。

「どうせ告白されたから付き合ってみるか、くらいなんでしょ?だったら、巻き込まれるコッチの身にもなって欲しいわけ」
「蛍ちゃん、ねえやめて、蛍ちゃん」

なまえが立ち上がって対面の僕のところまで来ようとした。来ようとした、という表現なのは、それが叶わなかったからだ。他でもない王様の手によって。

王様は立ち上がったなまえの腕を掴んだ。混乱するなまえもそのままに、馬鹿みたいに大きな声で言う。「俺のだ」。

「俺が、名字のこと好きで、それで付き合ってんだ」
「ふうん、じゃあそれ、本人に言ったら」
「あ?」
「あのさ王様、世の中には、言葉にしなきゃ伝わらないこともあるわけ。分かる?」

ちらりと王様の隣に視線をやれば、真っ赤になったなまえの姿。
僕につられてなまえを見た王様は驚いたように目を丸くした。恐らく、なまえの目たまった溢れる寸前の涙の粒のせいだろう。
なまえに感化されたかのように朱くなっていく王様を見て、僕は席を立った。さっきから周りの視線が痛い。
此処までしてやったのだから、もう御役目御免でも許されるはずだ。

「じゃ、後はお二人でごゆっくり」

邪魔者は帰りますんで、へらりと笑顔を浮かべて二人のいる席に背を向けた。取り残された二人のことなんて、僕はもう知らない。


生憎だけど、甘ったるいのはケーキだけで十分なんで
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