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思えばこんな時間に電車に乗ったのが間違いだったのかもしれない、と私は既に後悔しはじめていた。
というのも、普段電車を利用する機会のあまりない私は、所謂帰宅ラッシュというものがこんなに混み合うものだとは夢にも思っていなかった。しかも、これは帰宅ラッシュでも何でもなく極めて普通の状態よ、というかのようにツンとすました顔や、いつものことだと諦めたような疲れた顔が並んでいる車内はなかなかに恐ろしい。帰宅ラッシュと言ってはみたものの、周囲の表情を見ていると、それさえも自信がなくなってくる。
背の低いことを自覚してはいるが、今ほど己の背丈を恨んだことはなかった──普段嫌みだと思うほど背の高い部員達に囲まれていても、特に嫌なことも起こらなかったから。前後左右、お姉さんやオジサンや学生や、揃いも揃って背が高くて憎らしい。

漸く次の駅へ停車したときには私はもうへとへとだった。ドアが開けばざわざわと人の群れがフォームへと出て行き、そして入れ替わりに、さらに多くの人の群れがこの狭い車内へ押し寄せる準備をしているのが確認できてうんざりした。
私はその中に、他の乗客に比べてもひときわ背の高い後輩の姿を見つけた。人の流れにのってドア付近に移動し、身動きがとれなくなる前に彼の腕を無我夢中で捕まえる。彼は突然掴まれた腕に驚いたのだろう、ばっとこちらを振り返り、そして腕を掴んだ犯人が私だと分かると途端に眉を顰めた。

「月島、助けて。私このままじゃ最寄り駅に着く前に圧死する」
「は?……何やってんですか、せめてこの時間外せば良かったのに」

馬鹿なんですか?と失礼なことを言いながらも一応助けてはくれるようだ。おおよそ、ここで見捨てたら次の部活が面倒なことになりそうだ、とでも思ったのだろう。こっち、と月島に腕を引っ張られ、私の身体はドアと座席との間のくぼみにすっぽりと収まった。先程月島を捕まえるためにドア付近に来たのが良かったのだろう。

「あ、ありがとう月島!……やっぱりこの時間って混むの?私あんまり電車乗らないから分からないの」
「……まあ、なまえ先輩みたいなちっさい人が乗る時間ではないですね」
「酷いなあ相変わらず」

190センチ近い身長の月島から見たら私は小学生くらいにでも見えているのだろうか。ふむ…と悩んでいると、カーブだろうか、電車が大きく揺れた。

「げっ」
「わあ」

さすがの月島もこの人数の重さには堪えられなかったらしく、私の方へと倒れ込む形で圧されていた。ぎゅう、と周囲との密着度が増す。といっても、月島がガードしてくれていたおかげで月島以外と密着するような事態は避けられたのだけれど。
もう一度ありがとうと言いたいところだが、ここで困ったことに、私は喋ることが出来ない体勢へと押しやられてしまった。月島の胸板に顔が近すぎるのだ。残念ながら、こんな状況でべらべら喋り続けられるほど私は男慣れをしていない。
恥ずかしさから横に視線を動かす。顔のすぐ横に月島の手がつかれていて、ああ見ない方が緊張しなかったのにと悔やんだ。

私がなるべく辛くないようにという配慮なのか、はたまた月島がこれ以上私なんかとくっつきたくないという意思表示なのかは定かではないけれど、壁に手をついて私が押しつぶされないようにしてくれている月島は、率直に言ってしまえば、格好良かった。

「先輩、顔赤いですけど息出来てます?」
「ん、出来てる……っぎゃ」
「せめてもう少し可愛い悲鳴だと良いんですけどね」

二度目の大きなカーブのせいで、今度は私が月島へとダイブすることになった。私一人くらいどうってことないのか、月島は私を受け止め、そして予想外なことに月島はそのまま片腕で私の腰をぐっと引き寄せた。

「え、ちょ、月島?」
「先輩危なっかしいんでもうふた駅くらい先までくっついてて下さい、そっちの方が楽なんで。暫くしたら多分もうちょっと空いてくると思うんでそれまでは嫌でも我慢して下さい」
「え、でも」
「……あれ、先輩、もしかして緊張してます?」

戸惑いを見せた私に月島が掛けてきたからかいの言葉はまさに私の心の内を読み取ったかのように正確で、返答に困った。ここで私が「緊張なんてしてない」とでも言って、平気を装って月島に抱きつけば良かったのだろうし、恐らく月島もそうするものだろうと思っていただろう。しかし、今の私にそんなことは出来るはずがなかった。

「え、なまえ先輩、もしかして図星ですか?」
「月島うるさい……!」
「……顔どころか耳まで赤いみたいですけど」
「電車が混んでるせい、だもん」
「フーン?」

俯いているせいで確認のしようがないけれど、月島はきっとにやにやとした笑みを浮かべていることだろう。月島に抱きついて顔を見られるのだけは阻止しているが、あとふた駅したら離れなければならない。そのときまでにこの顔の熱は果たして引くのだろうか。


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