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「あのね、私ね」の少しだけ未来のお話です。
お付き合いを始めて数週間後という設定になっています。


「悪い!今日も待たせちまった」
「ぜ、全然大丈夫です……!」

夢のようなあの日から数週間が経ち、ぎこちなさは残るものの田中先輩と二人で話せることが多くなってきた。
二人で帰宅することになったことも大きな進歩だろう。今もこうして田中先輩の横に並んで歩いていることが少し不思議なくらいだ。

「じゃ、帰るか」。そう田中先輩が言って歩き出したのに並んで私も帰路につく。
恥ずかしさから顔をうまく上げられずに自然と視線は足下へと落ちることが増えた。しかし、そうすると自分のものではない──そして、大好きな幼馴染みのものでも、ましてや仲の良いクラスメートのものでもない──靴がしっかりと視界に入って、なおのこと照れくさくなったりするのだ。そして、ひっそりと嬉しく、幸せな気持ちにも。これは、田中先輩にも言ってない私だけの秘密だけれど。

通い慣れた道が、そろそろ私の家についてしまうことを教えている。田中先輩と帰るようになってから、いつの間にか家についてしまうことが多くなった。

「なまえ」
「はい」
「ちょ、ちょっとだけ寄り道とかどうッスか」

その申し出に心臓が跳ね、なんとか「大丈夫です」とだけ言葉を返した。田中先輩の緊張が私に伝染したのか、それとも、私の緊張が田中先輩に伝染したのか。お互いにぎくしゃくしたのが分かる。最初はどうしたら良いか分からなかったこの間も、今ではお互いにどれくらいで回復できるのかを知っていた。
暫く歩くと予想通り緊張はほぐれてきて、何かを話したいと思うようになった。どちらが切り出すかまごつくこの微妙な空気の方が私はむず痒い。そのことを知ってか、田中先輩はよく自分から話を振ってくれ、今回も例外ではなかった。

「あのよ、なまえさん」
「はい」
「今度の日曜ってなんか予定とかアリマスカ」
「片言ですよ先輩」

ぶわあと田中先輩の耳が赤くなったのが見えて、少しだけ落ち着きを取り戻す。可愛いな、と思った。

「……空いてます。暇人なので」
「……ッマジか?スガさんとか影山とかと予定はないのか?!無理しなくていいぞ?!」
「無理してないですよ」

田中先輩は不用意に咳払いをし出したりと落ち着きがなくなった。
流石に私だって先輩が何を言おうとしているのが分かって急に恥ずかしくなる。予想が外れていたらそれはそれで恥ずかしいのだけれど。田中先輩と付き合い始めてから、休日に二人で出掛けるということ──つまるところのデートと言っても良いのだろうか──は、したことがなかった。

田中先輩とデート。そう考えると胸が高鳴った。……してみたい。田中先輩と、デートしてみたい。
私は本当に日々欲張りになっているようだ。

「田中先輩は、今度の日曜とか御予定がありますか?」
「あっ?いや、ないっつうか、その」
「あの、もしよかったら」

デート、と言う言葉は田中先輩の「ちょっとストップ!」という叫びによって押しとどめられた。行き場を失った言葉は私の胸へと落ち込んで、そして言葉を失った私の口からは「ええと」といった意味のない音が漏れた。ちらりと田中先輩を見上げれば、私の視線は大きく開かれた先輩の目にかっちりととらえられてしまった。

「なまえ!日曜、デートしようぜ!」

その声のあまりの大きさにびっくりして、つられて大きな声で「はい!」と返事をしてしまう。それには先輩も驚いたようで、大きく開いていた目を更に丸くさせた。緊張したり驚いたりと、何が何やら分からなくなってきた私達は同時に笑い出した。

ひとしきり笑った後で公園を出た。薄暗くなってきた道を並んで歩く。公園に来る前も幸せだったけれど、今はもっと幸せだ。

「日曜日まで絶対に事故とかに遭わないように気を付けますね」
「事故ってお前な……」
「ふふ、田中先輩と一緒にいるからきっと大丈夫です」

予想していなかったと言わんばかりに口を開けた先輩は、すぐに笑顔になって「おう!任せとけ!」と胸をたたいた。こうして幸せな帰り道は過ぎていく。


どんな瞬間も愛おしく思えるなんて、この恋はとんでもなく素敵なものらしい
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