ふっと思い出したように目を覚ました。部屋の中は随分と暗くて夜みたいだ──尤も、今が何時なのかを知らないから本当に夜なのかもしれないけれど。 机の上に置いてある時計を見ようと思ったところで思い出す。そうだ、此処は私の部屋じゃないんだっけ。先程まで私がくるまっていたタオルケットも私のものよりも大きいかんじがするし、枕だってふたつある。間違いなく鉄朗の部屋だろう。だって私はあんな不思議な眠り方はしないもの。 私はたまに鉄朗の部屋にふらりと立ち寄る。そしてそのまま泊まる。 高校生同士で一個上の先輩だなんて遠慮しそうなものだけれど、私はそうではなかった。初めて泊まりにきたのはいつだったかももう覚えていないし、どんな風に鉄朗と出会ったかも忘れてしまったけれど、はじめに顔を合わせたときから危ない人には思えなかった。実際に鉄朗とはそういう艶っぽい空気になることは一度もなかったし、まるでお兄ちゃんがいるならこんなかんじなのかなあと思った。鉄朗も、「なんか兄弟みてえだなァ」なんて言っていたことがある気がする。よく覚えてないけれど。 今日(昨日?まあどちらでも構わないけれど)もそうだった。連絡を入れて、部屋にあげてもらって──それで私は眠ってしまったのだ。 しっかりと思い出せたのは良い。しかしそれならば、この部屋の主は何処に行ってしまったのだろうか。眠っている私を置いて。 「鉄朗がいないならこの部屋の主は私ね」 そうと決まれば、とベッドから降りて電気をつけた。白っぽい光が眩しくて目を細める。部屋の様子が光に晒されてよく見えた。 いつも通りの部屋。強いて言うなら携帯ゲーム機が置いてあるのが珍しいと言ったところだろうか。ゲーム関連のものに疎い私はこれをどうやって操作するのかも今ひとつよく分からない。分からないし、興味もない。だけど、鉄朗のものなら何故か興味がわいた。 ──電源を入れてみようか。流石にマズいかなとゲーム機を手に悩んでいると、部屋のドアが開いた。見上げれば本来の部屋の主。 「起きたのか」 「ん。おはよう鉄朗」 「もう日付変わるぞ」 「えー……泊まる」 あ、それ。鉄朗はそう言って私の手からゲーム機を取り上げた。鉄朗が私からものを取り上げるなんて珍しい。いつもなら興味がそれるまで(私は飽き性だからすぐに興味をなくしてしまうのだ)適当に触らせておいてくれるのに。 「これは遊んじゃ駄目なの?」 「あー……これ俺のじゃねーからな、一応駄目。悪い」 「鉄朗のじゃないんだ。興味無くした」 「相変わらずはえーな」 鉄朗の部屋に来た子がいるのか、と不思議なかんじがした。私の部屋ではないし、私だって毎日のように此処に来る訳じゃない。せいぜい月一くらいだろう。 部活の後輩だろうか。それとも女の子だろうか。女の子だとしたらどんな子なんだろう。年上?同級生?それとも私と同じように年下? その子もこうやって泊まっていったりするんだろうか。鉄朗と同じベッドで眠るのだろうか。鉄朗に「妹みたいだ」と言われるのだろうか。私みたいに。なんだか嫌なかんじがした。 私は顔に出やすいらしい。鉄朗が不思議そうな顔をしているのが分かった。 「どうした?ご機嫌ナナメか?」 「おもしろくない」 「なにがだよ」 「この部屋にゲームを置いていったのは誰?私以外にも『妹』がいるの?」 鉄朗はいつもより少しだけ目を見開いて、そして笑った。なにがそんなに面白いんだろう。私は結構本音を言ったんだけどな。ただ、鉄朗のその笑い方にイヤなところがなかったから安心した。 「あー……妹じゃなくて弟だな。前に幼馴染みがいるって話したろ」 「私が覚えてると思う?」 「いや。……ま、ソイツがゲーム好きなんだよ。今日お前が来る前に居たんだけど。合わせりゃ良かったな」 「ふうん」 女の子じゃない。『妹』でもない。別になんでもないことだけれど、何故だか胸の奥がすっとした。すると、鉄朗はまた笑った。 「なに」 「ほんと顔に出やすいな」 「私どんなカオしてる」 「お兄ちゃんに他の妹がいなくて良かったーってカオ」 「……ナニソレ」 立ち上がってベッドに戻る。なんだか鉄朗に顔を見られたくなかった。じんわりと体温が上がった気がした。ぎしりと音がして頭の方のマットレスが沈む。鉄朗の手が私の頭の上に置かれた。 「なあなまえ」 「……なに。私もう寝る」 「お前さっき妬いてたろ」 「うるさい」 「なまえ」 ぐっと鉄朗が寄ったのが分かる。耳元がくすぐったい。 心臓がなんだかおかしいくらいに速くて変だ。熱い。顔も身体も、一生懸命走った後みたいに火照っている。なんだこれは。鉄朗の声が聞こえる。 「なまえ、お前さ、俺のこと好きなんじゃねーの」 「……『お兄ちゃん』なのに、『妹』口説いてんの?」 「いや、嫉妬とか可愛いとこあんだなってオニーチャンは嬉しかった訳よ。お前全然色んなことに興味持たないし」 心臓の音がうるさい。全身が熱い。私は『妹』なのに。鉄朗は『お兄ちゃん』なのに。 「今日は珍しいお前が見れたな」 ラッキー、と言いながら私の横に寝転がる鉄朗。いつものように抱きすくめられる。シングルベッドだから、そうしないと二人で眠るには狭いのだ。いつものように、いつものように。いつものようにしているけれど、私の心臓はいつまで経ってもいつものようにならない。 眠れてしまったらいっそ楽なのに、先ほど眠ってしまったおかげですっかり眠気はなかった。さて、私はどうやってこの一晩を乗り越えれば良いのだろうか。 今晩は月が綺麗ですね、君のせいで呼吸ができなくなった夜です |