「……とーびーおー」 「なんだよなまえ」 「暑いから離して」 この馬鹿はなにを考えているんだろう、と分からなくなることがある。飛雄は普段申し訳なくなるくらい分かりやすい(ことが多い、と私は思う)し、そうでなくても何かあるときちんと言葉にして自分の要求を伝えてくれる。ただ、今回は意味が分からない。 寝ぼけ頭で考えられることにも限界があって、ぼんやりとした頭で要点だけをまとめる。ここは私の部屋だ。そして私のベッド。ここまではおかしくない。ということはやはり、おかしいのはこいつの存在である。 「ねえ飛雄、順番に答えてね」 「なんだ?」 質問に応じる気はあるらしい。それどころか声色的には積極的だ。これはいける。 「まず、なんで飛雄が私の部屋にいるのか。次に、なんで抱きしめたまま離してくれないのか。そして最後。今何時だと思ってんの馬鹿」 「ピンポン押しておばさんに中に入れてもらった。離れないのは離れたくないからだろ。今……は、五時前ぐらい」 お母さんが飛雄を気に入ってるのは分かってたし、そもそも中学から良く家に来てたから分からなくもない──お母さんは早起きで四時半には起きてしまうし、朝早くても納得がいく──が、年頃の娘の部屋にほいほい男の子をあげてしまうのはどうなのか。少しだけ頭が痛くなった気がした。 「……離れたくないってなに」 「なまえ、今日から田舎帰るんだろ」 「え、あ……うん」 私の祖父母宅は宮城県外なので、毎年お盆はそっちで過ごしている。とはいえたった二泊三日で、実際に会えないのは二日間ほどだ。 「だからしばらく会えない分、てこと?」 首がわずかに上下したところをみるとあっているらしい。というか飛雄の意識は今、恐らく半分、いやそれ以上に眠りの世界へ旅立ってしまっている。反応が曖昧だ。 というか、 「……バレーの合宿には平気な顔で行っちゃうクセにさあ」 ばーか、と目の前にある胸板を殴った。小さく唸ったものの飛雄は既に寝ている。本当に馬鹿。 飛雄のジャージを見る限り、今日もこれから部活があるのだろう。それなのに、ムダに早起きして彼女の部屋に乗り込んで、そして寝てしまうなんて。 「飛雄、ねえ飛雄」 「……ん」 「何時に行くの、起こすからそれまで寝てなよ」 じゃあ六時、と呟かれた声をきちんとキャッチして時計を見た。あと一時間もない。後一時間で飛雄の温かさともしばらくお別れかあ、なんて考えると起こしたくないと思ってしまう。……思ったところで、飛雄がバレー出来ないのはもっと嫌だから結局起こしてしまうのだけれど。 飛雄の身体にぎゅうと抱きつく。はじめの驚きや呆れはもうどこかに行ってしまったのだから私も相当単細胞というかなんというか。 朝早くにせっかく来てくれたのだ。その事実は単純に嬉しいし、私だって飛雄がいないのが寂しいことに変わりはない。だったら、今のうちに三日分の飛雄パワーと貰っておこう。 バレー合宿の日も来てくれれば良いのに、と飛雄の身体にくっつきながら考える。 それとも、飛雄が来てくれないなら私が行こうか──朝早くに飛雄の家に入れるか分からないから、飛雄の日課の夜の走り込みが終わる頃を見計らって。 楽しい空想に胸を躍らせながら、私も瞼を閉じた。 あなたの温もりを忘れる朝が来るまでは待っていられないから私が会いに行くよ title by routeA |