thanks150000 | ナノ
年齢操作を含みますのでご注意下さい。社会人及川さんと大学生ヒロインです。
また、失恋テーマのお話ですので、これらの要素が苦手な方は閲覧をお控え下さい。





久しぶりのディナーデートも終盤で、すっかりデザートまでをお腹におさめた私の顔は弛みっぱなしだったと思う。徹さんのチョイスしたこのお店の料理がとても美味しかったことも勿論理由のうちではあるけれど、何よりも徹さんと過ごせるだけで私はどうしようもなく幸せなのだった。

そろそろ出ますか?そう訊ねようと口を開きかけた私は、しかしそうはしなかった。徹さんの様子がおかしかったから。
どうかしましたか。もしかして、具合が良くないですか。そんな私の心配をよそに徹さんはゆっくりと唇の形を変えた。

「あのさ、別れようか」

徹さんのその言葉に、私は息をのんだ。
何故、と問い掛けたい。そう思っても、喉は急激に水分を失って声を発することは叶わなかった。

大学で知り合った徹さんとは、今年でお付き合いを初めてもう二年と少し。今年から新社会人となった徹さんは以前よりもずっと忙しくなって、しかしそれでも私達はうまくいっていた。
少なくとも私は、そう思っていた。
たとえ寂しい思いをしたとしても、新生活で疲れて居るであろう徹さんに迷惑はかけたくなかった。ぐっとデートの回数は減ってしまったけれど、その分徹さんはもっともっと優しくなった。
私達は順調であると信じていた。

「私、徹さんの負担になってましたか」

漸く捻り出したのは、なんとも愚直な問いだった。お腹と舌先に力を込めて、声が震えるのを堪える。泣くな、とテーブルのしたでぎゅっと手を握りしめた。

「そうじゃないよ」
「じゃあ、どうして」

徹さんは困ったように眉を八の字のように寄せた。あ、その顔、格好良い。こんなときでさえそう思う私もどうかしている。

「なまえに寂しい思いをさせてるでしょ、俺」
「……そうだとしても、徹さんと別れなきゃいけない方が辛いです」
「……ねえ、なまえ、聞いて?」

私はこの、徹さんの優しく諭すような声に弱い。口を噤んで徹さんの目を見た。徹さんは私のその動作を待ち、僅かに目を細めた。
これは、私達がよくする、合図のようなものだ。あなたの主張を聞きますよ、という。

「俺はなまえに寂しい思いをさせてる自分が嫌なの」
「……はい」
「それが俺のワガママだとか、そういうのだってことは分かってるけど。ごめん。理解してほしい」

ほんと、どこまで優しいんだこの人は。
いつだって周りのことばっかりを気にかけて、先回りしてしまう。負の感情を抱え込んでいても解ってしまうのだ。本人と同等か、ともすれば本人よりも早くに。

「徹さんが……私のこと嫌いになったっていうなら諦めもつく、のに、ばか」
「……ごめんね。俺さ、ほんと馬鹿」
「私が受け入れるの分かってるんでしょ、だって、徹さん、私が嫌がるの見て悲しそうだもん。徹さんが悲しむのが、私一番辛い」

徹さんは口許だけで笑って見せた。瞳も眉も悲しみに溢れているというのに。なんて不自然で不格好で、優しい。
私の顔は多分、徹さんよりおかしなことになっていると思う。彼に傷つけられているのか、それとも私が彼を傷つけているのか分からずに、ただただ混乱している。悲しさと愛しさと、たくさんの感情がこんがらがって、それをほどけずにいる。

ああ駄目だ、そう思ったときには頬を涙が伝っていた。泣いたって余計に徹さんを困らせるだけで、何か未来が変わる訳でもないのに。自らの指でぐっと涙を拭うと、クリアな視界の中で徹さんは泣きそうな顔をしていた。

そんな顔をされたら、もう、決断するしかないじゃないか。

「……今まで、ありがとうございました」
「なまえ、ごめん。ありがとう。俺幸せだった」
「私もです」
「なまえは早く素敵な人を見つけてね?幸せにならなかったら怒っちゃうから」

貴男がそれを言いますか、なんてツッコミが出来るはずもなく、私はからからと笑った。別れ話を切り出されてから初めて、漸く、笑えた気がした。
それをみた徹さんも、笑った。ちゃんと、瞳も眉も。

「……じゃあ、私が大人になって、どうしても幸せになれなかったら。そのときは、徹さんが幸せにして下さいね」
「その心配はないと思うけどね。……いいよ、そうしよっか」

徹さんが席を立った。そのまま私の隣まで来て左手を差し出したので、私は当然のように右手を重ねた。二人並んで店を出る。
徹さんはいつも、私の知らないうちにお会計を済ませていた。

重たそうな扉を徹さんが開けてくれ、私はそこを通り抜けた。外の空気は昼に比べて体温を失っていて少しだけ寒い。それとも、体温を失ったのは私だろうか。

徹さんに手を取られ、私達は最後のデートへと向かう。ドライブだ。
徹さんはいつだって、泊まりでない限りは私を家まで送り届けてくれた。少し寄り道をしながら。その寄り道の途中で、何度となくキスを交わしながら。


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