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早起きは三文の得、なんて言うけれど、私には三文が果たしてどれほどの価値を持ったものであるのかは分からない。だが今日、珍しく早起きをした私は三文以上の得をしたように思う。

いつもならまだまだ夢の中に居るであろう時刻に目が覚めた。さて二度寝か、と寝ころんだままで居ても、不思議なことになかなか眠気が来ない。こんなことは珍しくて、ならばいっそ起きてしまうか、と体を起こした。
どうやら今日は駆け足で学校に向かわなくても済みそうだ。梅雨が明けてからじわじわと暑さが行進してきているから、いつもは登校するだけで汗が首筋を伝う。というのも、睡眠欲に負けて遅刻スレスレまで家を出ない(正しく言えば出られない)せいなのだが。

そうしてたどり着いた昇降口はいつもより活気があった。丁度朝練上がりの生徒がこの時間に昇降口を利用しているらしい。私は密かに、思いを寄せているクラスメートの姿を探した。
……バレー部なら朝練はしているはず。もしかして、まだ上がってきてないのだろうか?
タイミングはそううまく重なるものじゃないし、と潔く諦め、自分の下駄箱から上履きを取り出す。別にいいのだ、ここで会えなくても今日は教室で彼の姿をみる余裕がある──ちなみに普段はチャイムとともに教室に駆け込むのでそんな余裕はない──のだから。

そうして靴を履き替えたところに聞こえてきたのは、騒々しい駆け足の音。朝から元気だなあ、なんてのんきに構えていた私は、しかしその足音の主の姿をみとめて一瞬、心臓が止まるかと思った。
西谷君、だ。

「お!はよっす名字!」
「え、あ、西谷君……おはよ」
「あれ?今日は珍しく遅刻スレスレじゃないのな」
「げ、バレてた?今日はなんか、早く起きちゃって」

そうなのか!と豪快に笑う彼は可愛いと言うべきか、それとも男前と言うべきか。
彼の笑顔に見とれていると、何に気がついたのか西谷君は忙しなく上履きに履き替えた。トン、とつま先を床でノックし準備完了らしい。彼の上履きのかかとは潰されずにピンとしていて気持ちがいい。

「わりいな、俺が話しかけたから足とめちまっただろ?教室行こうぜ!」
「いや全然。でもまあ教室にはそうだね、行こっか」

ぺたぺたと歩き出すも、会話のネタなんて持ち合わせていない。だって、突然好きな人とふたりきりになるなんてそんなこと、考えないだろう。
西谷君はと言えば、会話がなくても苦痛ではないタイプらしい。私だってある程度仲の良い友人であったら会話なんて気にも留めないが、それは相応の信頼ありきのものだ。
それに、こんな機会は滅多にないのだから西谷君と話したいというのも本音である。だったらなおのこと、私から話を振らねば。

「……あの、さ」
「ん?なんだ?!」
「西谷君、上履きのかかと綺麗だね」
「……おう?」

そう言われたのは初めてだ、と言わんばかりに西谷君が首を傾げたのを見て、私は心中頭を抱えた。ここは無難に珍しく早起きしたとか、西谷君の朝練とか、そういう話題にするべきだったのに。焦りとプチパニックで、脳内に浮かんだのは先程の昇降口での光景だったのだ。

「名字のもめちゃくちゃ潰れてるってワケじゃなくねえか」
「んー、でも授業中眠いとき足ちょっと抜いちゃうから踏んでる」
「そうなのか?」
「履いたままだと拘束されてる感じしない?寝るときにそれ嫌なんだよね」
「まあ確かにー……寝るときに靴下とかも俺信じらんねえしな」

まあ授業中寝るなよって話なんだけどね、とひとまず話題を閉じる。絶対に盛り上がらないと思っていたのに、よくこのお題で会話が続いたものだ。でも、お話しできた、今日は良い日かも、なんて思っている私はそこそこに脳内お花畑かもしれない。
西谷君はそういえば、と笑って口を開いた。

「でも俺、名字が寝てるの見んの、嫌いじゃねえぞ!」
「…………、え」
「俺の席からだと丁度見えんだよなー名字。気持ちよさそうに寝てんなって」
「うそ、ちょっと待ってすごく恥ずかしい」
「別に名字は寝てても成績良いしイイだろ!」
「そういう問題じゃないんデス……」

顔から火が出せるなら私はきっと火事を起こしているであろう。顔が、熱い。
そりゃあ西谷君の方が席は後ろの方だし、私が寝ていれば気付くこともあるだろう。でも、私が主に眠ってしまうのは唯一古典だけだ。どうしても古典の先生の声の調子が私を眠りの世界へと引き込んでしまう。(だがしかし、それは私だけではないようで、周りの子からも彼の授業は眠いと聞く。その日のノートを友達に借りようと思ったらその子も寝てしまっていた、なんてこともあるくらいだ。)

「……西谷君、古典ちゃんと起きてるんだね」
「武ちゃん、あ、バレーの顧問な?武ちゃんにさー心配されちまったんだよ成績!そっからはちゃんと起きるよう努めてるぜ」
「バレー、ほんとに好きなんだね」
「おう!そうだ、今度試合観に来いよ!」
「……でも私、バレーよく知らないし」
「大丈夫だって!ぜってえ楽しくて眠気なんて吹っ飛ぶぜ!」

じゃあ、試合の日、教えてね。そう言えば西谷君はにかりと太陽のように笑った。
西谷君と会えて、話せて、バレーの試合を観に行く約束までしてしまった。こんなことが起きるだなんて、早起きとはすごい。


今ならどんなミラクルだって起こせる気がする、今日のわたしは最強ガール
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