白紙の手紙


ふぅ、と溜め息を吐き、土方は手にとっていた筆を硯に戻す。
力を抜いた瞬間、筋肉が伸びる感覚がして、肩に妙な力が入っていたことにはじめて気づいた。
解すために軽く回す。体中の緊張が弛緩するのと同時に気も緩んだのか、小さいあくびが出た。
居直って、今一度目の前の机の上に置かれた真っ白な紙を見つめる。
さて、どのように始めようか。筆をとり考えるが、矢張り思いつかない。
もう一度筆を置いて、先ほどと同じことを繰り返した。
意味の無い繰り返し。先日買ってきた手紙の書き方の手引書を捲ってみるが、参考になりそうなことは無い。
悩んでいるのは書き方ではなく書く内容だったことを思い出したのは、この本を買って屯所に戻るまでの帰り道だった。
返品するのも面倒になって一応読んでは見たものの、虚しさが募るだけだった。



「何やってんですかィ、土方さん」



部屋の入り口から沖田の声がした。
土方が視線を移すと、団子を頬張りながら壁に寄りかかっている沖田の姿が目に入った。
いつからいたのか見当もつかないが、沖田が食べているみたらし団子があまり減っていないことから、
この部屋に来てからそれほど時間が経っていないことが窺える。甘ったるい砂糖醤油の香りが漂う。
沖田は刀もバズーカも装備していない。ただ散歩がてらフラッと立ち寄っただけのようだった。
土方は眉間に皺を寄せ、筆を置き、完全に書く気を失ったように天を仰いだ。



「見りゃぁ分かんだろうが。手紙書いてんだ」

「真っ白じゃねぇですか」



沖田が机の上においてある真っ白な紙を覗き込みながら言う。
最初の挨拶すら書いていない。
机の周りを見る限り、2枚目を書いているとか、間違えたから書き直すなんていうことも無いことが分かった。
沖田が不思議に思うのも当然だ。手紙と言うのはある程度何かを伝えたいから書くもので、
一言も、一文字もかけないなんていうことはまずない。
土方は沖田の言葉に鬱陶しがりながら、答える。



「宛て先すら分からねぇ手紙だ。簡単に書けるか」



その言葉で、『誰宛て』の手紙なのか、沖田が感づく。
土方が書く宛て先のない手紙なんて、大体想像がついた。
それでも、あえて沖田は訊く。



「……誰に宛てるんで?」

「………さぁな…」



土方はあくまでそっけなく答える。

愛しい彼女がこの世を去って一ヶ月。当たり前のようにあった笑顔が見れなくなって、30日。
どんなに恋しくてもあえない日々が続いて、おかしくなってしまいそうだった。
彼女のために何をすればいいのか分からず、彼女の記憶を押し込めるように働きつめた。
ただただ仕事をこなしていたこの一ヶ月で思いついたことは、手紙を書くこと。


何を聞きたいのか。何を伝えたいのか。
考えても分からないが、それでも手紙を書きたかった。
ロマンチックな乙女思考のようだが、それでも土方は構わなかった。
何かが届くのなら、いや、自分の中で渦巻くなにかもやもやしたものを清算できるなら。
もう居ない"彼女"に当てた手紙は、いつ完成するのだろう。
まだ一枚も書けていない。
会いたい気持ちに反して、手紙を書く手は一向に進まなかった。
彼女と繋がりたいと願う反面、手紙を書き上げ、別れを認めることが怖くて。
相反する気持ちが、土方の中で未だ渦巻く。


彼女の感覚は、一生忘れることが出来ないだろう。
美しい髪からふわりと漂う椿の香り。朱に染まった頬。
心地よく鼓膜を震わす可愛らしい声。触れているだけで幸せになれる肌の感触。
口付けを交わしたときの、口紅の味。
そのすべてを、もし手紙に込められたら、どんなにいいことか。



そちらにはどんな花が咲きますか?

そちらではどんな人と出会いましたか?

君はそちらで楽しく過ごしていますか?

こっちは元気でやってます。




ただ、君に会いたい。




こんなことを書けるはずもなく、土方は何も書いていない白紙の手紙を、
くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げ捨てた。



企画提出作品  title by 秋桜


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