Visibile ferita

 見覚えのある指先




「いらっしゃいませー。」
宿屋に人が入ってきたのに気付いたフィアは笑顔を浮かべてお決まりの挨拶を口にする。
リンカに拾われてから数日、行くあてもないフィアは拾われた街――アイグレッテの宿屋でアルバイトをしていた。

宿屋の主人は気さくで親切な男で、訳を話すとリンカと一緒にここで働くことを許してくれた。
リンカはここのベッドメイキングやら、事務やら様々なものを担当している。

入ったばかりのフィアは専ら接客担当だ。
初めてのアルバイトで不安があったが、幸いなことに人と話すことは苦ではなかったようだ。
接客では困ったことも多少あったが、今では大分慣れてきて旅人たちと仲良く話せるまでになっている。
基本的にこの宿に宿泊しに来る旅人は気さくで優しく、大らかな気質の者が多い。
荒くれ者もいないことはないが、その場合はフィアがお断りさせてもらっている。場合によっては腕ずくで出て行ってもらっていた。

フィア自身は覚えていないが、なぜか剣を突きつけられても震えないし、強盗なんかも素手で撃退したことがあった。戦闘能力が高いということで用心棒代わりとしても重宝されている。
力も強く、男性には敵わないかもしれないが、女性の中では強い方なのだろうと最近自覚した。晶術の心得もなぜかあった。
記憶をなくす前の自分は傭兵のようなものをしていたのだろうか、と思っている。なら旅に出れば自分の記憶を取り戻せるかと考えたが、今はリンカの手伝いをする方が先だ。
拾ってくれた上に住む場所や働き口までも提供してくれた彼女には、何としても恩返しをしたい。と、言うのが大きな理由だった。


「うわぁ、綺麗な宿だなぁ…」
ドアを潜って入ってきた金髪の少年が、宿の内装を見回しながらそう言った。後ろからやってきた銀髪の青年が呆れたように溜息をつく。
「あんまりきょろきょろすんなよって言っただろ…」
彼が額に手を置いて大げさにリアクションしたのを、栗色の髪の少女が不安そうに見ていた。
彼女は旅をするような恰好ではなく、淡い桃色のワンピースを着ていた。

最後にドアを潜った、竜骨の仮面を被った少年が受付に向かってくる。
内装を見るわけでもなくまっすぐに受付に向かってくるあたり、彼がこのパーティのまとめ役的存在であり、受付をしてくれる唯一の人物なのだろう。
宿に来てまず受付を、というのは旅の者なら当然のことなので彼は旅慣れているのかもしれない。


「今晩宿泊をしたいのだが、」
「はーい、大丈夫ですよ。では、必要事項のご記入をお願いします。」
案の定、仮面の少年が声をかけてきた。フィアは帳面のページを一枚捲って羽根ペンを持つ。笑顔を作って頷いた。
視線が合わないことに気付く。彼はシャイな性格をしているのだと思い込むことにして、フィアは彼に予備の羽根ペンを渡す。
受け取った手は男性にしては細く、また帳面に記入されていく文字も非常に丁寧で美しいものだった。

「二部屋頼みたい。空きはあるだろうか?」
書かれた内容を覗き見ていたフィアは、手元の空室と照らし合わせる。少女の部屋はどうするべきだろうか、そう考えていると少年の方から申し出てきてくれた。
「女の子がいますもんね。了解しました、大丈夫です!」
「すまないな……」
快く頷くと、少年はほっとしたような顔を見せる。と、ここでばっちりと少年のアメジストと目が合ってしまった。

(おお、ほんとの宝石みたい。)
「――っ!?」
(目も綺麗だけど、顔もものすっごい美人さんだ。……待てよ、男の子、だよね?)
間抜けな感想を抱いたフィアとは反対に、少年は目を見開いてとてつもなく驚いていた。
そんなに自分の顔は驚かれるくらいによろしくないものだったろうか、一応今朝鏡を見た時、顔色は全く悪くなかったのだが。


「? お客さん?」
顔を覗き込むと、ずざざざとものすごい勢いで後ずさってしまう。
不思議に思いながらも帳簿を閉じて部屋の鍵を取った。カウンターの札を変えて呼び鈴を出す。

「お部屋にご案内します。どーぞー?」
手で階段を示しながら声をかけると金髪の少年がひよこのように後をついてきた。
後ろには銀髪の青年、茶髪の少女、仮面の少年が続く。

「こちらです」
部屋の前まで来てマスターキーを差し込んだ。回転させてドアを開けると、金髪の少年が無邪気に駆け込んでいく。
勢いよくベッドに転がる彼を呆れたように、だが優しい目で見ている銀髪の青年も部屋に入っていった。
フィアの横を通る時に一言「ありがとな」とこっそり言ってくれたことに胸が温かくなる。

「お部屋の鍵、ひとつしかないんです。なくさないように気を付けてね。貴重品の管理も自分たちでお願いしてます。」
続いて仮面の少年も部屋に入っていった。フィアは注意事項を伝えると、部屋の入り口に置いてある小さな小物入れに鍵を入れる。

「わかりましたっ!」
「ごゆっくりどうぞー」
フィアの声を聞いて元気に金髪の少年が返事をしたのを確認してから、これまたお決まりの挨拶を口にした。
後ろを振り返って、栗色の髪の少女へ視線を向ける。細い肩を揺らした少女は少々怯えているようにも見えたが、フィアは気付かないふりをして笑いかけた。

「君はこの向かいの…こっち」
少年たちの部屋の斜め向かいの部屋まで来ると、フィアはやはりマスターキーを差し込む。
立ち尽くしたままの少女に手招きした。すると大人しく少女はついてきたが、その表情は不安なままだ。怖い目に遭ったんだろうか、かわいい雰囲気の女の子なのに怯えの色が強い。

「友達同士で旅してるの?」
「う、うん……」
「そっかー、仲間と離れるのは心細いかもしれないけど…部屋は向かいだし、すぐ近くだから大丈夫。この宿は強盗とかも出ないから安心してね。」
「あ、う、うん。ありがとう…」
緊張を解せないかと会話を試みた。ぎこちないが笑顔を見せてくれた少女に少し安心する。
鍵を手渡してフィアは階段へ向かった。言い忘れたことがあって振り返ると、栗色の大きな目はこちらを見ている。

「何かあればフロントまで来てね! 俺ほとんどあの場所にいるし、困ったことあったら力になれると思うからー」
「あっ、はいっ! どうもありがとう…!」
返事をしてくれた少女に勢いよく手を振ると控えめに振り返してくれた。
嬉しくなってスキップするように階段を駆け下りると、リンカが廊下を歩いている。
リンカが働き始めた時間から考えると、休憩時間に入ったのだろうと予想した。



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