Visibile ferita

 わたしのせかいがとまったひ







「あ……っ…」

腹部に軽い衝撃が走り、驚いて視線を向ける。どうやら誰かとぶつかってしまったらしい。
覗き込めば、両目を真っ赤に腫らした少女が悲しげな表情で座り込んでいる。

彼女の纏う雰囲気を見て、すぐに彼女が人間だということを理解した。
……よくよく考えてみれば当たり前の話だ。ここは人間が生活する世界であるのだから。

「あ…あの……ごめんなさい…。」
少女は呆然と座り込んでいたが、すぐにぶつかったことを理解したのかさっと顔を上げた。
彼女が発したのは自分が悪かったことを謝罪する言葉だった。この年で「ごめんなさい」がちゃんと言えるというのは良いことだと呑気な自分が感心する。

「大丈夫だよ。気にしないで。ぼうっとしていたのはこっちも同じだから。」
窺うような少女の視線に気づいた。大した怪我もしていないことを伝えて、少女に手を伸ばした。
少女はこくりと頷くと小さな手をそっと伸ばして立ち上がる。質素な布で出来た手作りらしき衣服についた埃を、大切なものを触るかのような手つきで払った。

とりわけ彼女は履き潰したのであろう古い靴を気にしている。
よく見れば留め具が外れていたし、拙い縫い方だが何度も直した跡が見える。余程大切に履いているのだろう。

彼女の目元と同じくらい、赤くて可愛らしい靴だった。



「……どうして泣いていたの?」
そう彼女に尋ねると、新緑の双眸からぼろぼろと涙がこぼれていく。
小さな嗚咽は徐々に大きいものへと変わっていき、やがて少女は道の真ん中で顔を覆って泣き始めてしまった。

ぎょっと硬直した自分を押しのけて、今まで沈黙を守っていた友人が彼女の前にしゃがみ込む。
友人は複雑な表情を見せて、少女の金髪を優しい手つきで撫で始めた。


「……だいすきだったひとが……し、しんじゃったの…」
「そっか…」
「すごくすごくだいすきだったの…みんなだいすきだったのに、なのにわたし、おにいちゃんにうそつきっていっちゃった…」
少女の言葉は断片的で、聞いただけでは何が起きてしまったのか分からない。
しかし少女の感情と共に、記憶が頭の中を駆け巡った。
その光景は少女の言葉よりも流暢に事の次第を語る。


陽だまりのように明るい笑顔を見せる赤色の少女。
冷静な表情で優しさを隠している紫色の少年。

そんな二人が金色の――目の前の少女の前から姿を消した。
白い絨毯の上で、事切れている赤色の少女。真っ白になった肌に、少女の好きな暖かさは感じられなかった。
紫色の少年が悪い人だったのだと、金色の少女は教えられた。けれど少女に接した紫色の少年は決してそんなことをする少年ではなかった。
違う、お兄ちゃんはそんなことしない。少女は懸命に周囲に呼びかける。


そこに駆け込んで来る金髪の青年。
彼と一緒に入って来た人間の中でただ一人、少女が慣れ親しんだ少年がいた。
少女が慕う、もう一人のお兄ちゃん。名前を呼んだ少女は彼に抱き着く。

シスターが止めようとするのを、少年が拒否した。少女は少年にしがみついて涙を流す。
お兄ちゃんとお姉ちゃんがいなくなっちゃった。そう言った少女を少年は優しい手つきで撫でた。
優しい微笑みを浮かべる青色の少年。そんな少年を見上げる少女。
お兄ちゃんはお出かけしてるんだよね?お兄ちゃんが迎えに行くんだよね?そう尋ねた少女に、少年は悲しそうに笑顔を浮かべた。


『大丈夫、僕が彼を連れて帰るよ。』
その約束は優しく残酷な、守られない約束だった。
帰って来て欲しかったお兄ちゃんは、約束をしたお兄ちゃんを裏切った。




うそつき。お兄ちゃんの嘘つき。
お兄ちゃんはどうして帰ってこないの?お兄ちゃん、一緒に連れて来てくれるって約束したのに!

外の国のお兄さんに助けられ、戻ってきたお兄ちゃんを見て、少女は最初にそう言った。
少女の連れ帰って欲しかったお兄ちゃんは、とうとう帰って来なかったのだ。


うそつき!
そう言われた少年は、ひどく儚い笑顔で泣いていた。



(それは影の存在が垣間見た、悲しく儚い少女の涙。/初掲載2011.03.28 修正2014.10.22)

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