Visibile ferita

 海月はたゆたう




「君は……」
「試合を見てくれていたね。みんな目立つからよく覚えてるよ。」
カイルの声に少年はにっこりと微笑む。小首を傾げるその姿は、人間離れした美しさだった。

「ノイシュタットの人じゃないよね、旅をしているの?」
「うん! 協力者を探してるんだ!」
「協力者?」
「そう! この子の……むう?」
少年の質問に対し、リアラを示したカイルの口をロニが塞いだ。
「あー、いや、ちょっとな。」
苦笑したロニは愛想笑いを見せると、明後日の方向に視線を投げながら言葉を濁す。
少年はその一連のやり取りでなんとなく察してくれたのか、曖昧に微笑んで頷いた。

「……そう…大変なことも多いと思うけど、頑張って。港の人は情報をたくさん持っているから、困ったことがあれば聞きに行ってみるといいよ。」
「うん! ありがとう!」 
素直に礼を述べたカイルとは反対に、ジューダスが警戒している様子で少年に剣を突きつける。
いきなり往来で剣を抜くという行動にも驚いたが、フィアが一番驚いたのは、彼の表情だった。

「待て…!」
普段冷静で表情を滅多に崩さないジューダスが、非常に驚いた様子を見せている。
例えるなら、信じられない光景を目の当たりにした時のような――。
「ジューダス…?」

カイルはもちろん、ロニやリアラまでもジューダスの様子に驚いている。
目を見開いている彼らは視界に入っていないのかもしれない。ジューダスは少年を睨み据えた。

「一体どういうことだ…! お前、なぜその姿で……!」
「?」
それに対して少年はきょとんと目を見開いたまま、ジューダスを見つめている。
ジューダスの問いかけにも首を傾げていた。
その様子を見たジューダスははっとした様子でフィアを振り返る。そして目を閉じて唇を噛み締めると突きつけていた剣を収めた。

「……いや、人違いだったようだ。いきなりすまなかった。」
「そっか、それならいいんだけど…」
「…知り合いに、似ていたものだから。」
「知り合い……?」
「ああ、……見間違えてしまった。すまない」
「……ううん、気にしてないよ。」
ジューダスとのやり取りが途切れたちょうどその時、観客席への入り口に一人の青年が現れる。
少年を呼んでいるらしい。

「それじゃ、僕はここで。さよなら」
彼に頷いた少年はこちらを向く。
その深い青が印象的な、宝石のような双眸は深海のような不気味さがあった。

刹那目が合ったが、少年はにっこりと笑っただけで何も言わない。
彼はそのまま観客席を出ていこうとこちらに背中を向けた。
少年がリアラの横を通った瞬間、リアラのペンダントが薄ら光ったような気がして、まじまじと彼女の胸元を注視してしまう。


「フィア、どうしたの?」
リアラが不思議そうに尋ねてきた。無言のまま自分の胸元を示すと、意味がわかったのかリアラの視線はペンダントに向く。
瞬間、ペンダントは強い光を放った。あまりの光に思わず目を覆ってしまう。
「きゃっ……!?」
か細い悲鳴が上がった。おそらくリアラのものだろう。


「……、」
光が少し弱くなったのを瞼の裏で感じたフィアはそっと目を開けた。
ペンダントの丸い飾りが青い燐光を放っている。
「追いかけなきゃ……!」
リアラは大きな目を見開いて、まだ光っているペンダントを両手で包み込むと少年が出ていった入り口へ走った。

「リアラ待って!」
「一人じゃ危ねえぞ!!」
そんな彼女の後をカイルとロニが慌てて追いかける。
ジューダスだけがその場から動かず、茫然と立ち尽くしていた。
彼の顔を覗き込むと、目を見開いていた。何かを考えているような様子に、声をかけるのも憚られる。

「……どうした?」
「みんな行っちゃったけど…ジューダスはここにいる?」
控えめに肩を叩くと、案外柔らかな声が返ってきた。
入り口を見やると、言いたいことがわかったのか納得したように頷かれる。
「先ほどのことなら、もう大丈夫だ。追いかけよう」
「そっか。わかった。」



「……フィア、」
返事をして一歩踏み出したフィアをジューダスが呼び止めた。振り返ると、彼は複雑な表情を見せている。
今日のジューダスは色々珍しい反応をするな、そうのんきな感想を抱きつつ、フィアは視線で言葉の先を促した。
男性にしては薄い唇がそっと動く。言葉を選んでいるかのように慎重に開かれた。


「君は、彼がリアラが探している英雄なのだと思うか……?」
「……」
彼の言葉に豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしてしまっただろう。
しかしすぐに言葉の意味を理解できたフィアは首を捻って思考を巡らせる。
そして行き当たった答えを口にした。

「それは俺にはわかんない。でもリアラがあんなに急いで出てったってことは、あの人は何か関係があるのかも、くらいに思ったよ」
「そうか」
短い返事を返したジューダスは、静かに歩き出した。フィアを追い越して、彼は入り口に向かう。
その背中を追いかけるべく、フィアは小走りで入り口に向かった。


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