Visibile ferita

 零れゆく記憶の残滓









「……ん…」
目が覚める。
そして周りが真っ暗なことに一瞬ぎょっとしたフィアだったが、今はリーネを訪れていたことを思い出してまた毛布にくるまった。
英雄と呼ばれている四人の中でもリーダー的存在だったというスタン・エルロン。
彼の出身地であるこの村に寄ることになるとは予想だにしていなかったのだが偶然立ち寄ることになったのだった。


これまでの経緯を簡単にまとめるとこうだ。
スノーフリアに向かっていた船にモンスターが現れた。
一同はなんとかそのモンスターを撃退したものの、船底に大穴が開くという事態に陥ってしまった。
万事休すのその状況で、ジューダスがリアラに発破をかけたのだ。『力を使え』と。

そのお陰でリアラが彼女特有の力を使って(フィアにはどういう原理なのかわからないが)船を着水しないように浮かせ、最寄りの陸地まで運んだ。
乗務員乗客は全員無事だったものの、無理をしてしまったのか、リアラが倒れてしまった。
昏睡状態の彼女を休ませるべく、上陸した場所から一番近かったリーネに身を寄せた…というわけだ。

船についてはリアラの功績を讃えて、ノイシュタットにて修理をした後はカイルたちが来るまで出航せずに待っていてくれるという。


リーネは大都市ノイシュタットと同じフィッツガルドにある村だ。
温暖な気候が特徴的で、澄んだ空気が美味しい。
ここにはスタン・エルロンの妹であるリリス・エルロンが住んでいた。カイルが彼女に事情を説明して、しばらくの間泊めてもらうことになったのだ。

「……」
そっと窓の外を見れば、ひっそりとした空気の中で静かな日の出を迎えているのが見えた。
隣に寝ているリアラを盗み見るとぐっすりと寝ているのがわかった。彼女は少しくらいうるさくなってもしばらくの間は起きないだろう。

「秘技・死者の目覚め!!」
階下でリリスの元気な声とフライパンを打ち鳴らす音が聞こえた。
またカイルが起こされているらしい。
リアラを起こさないように、なるべく音を出さないようにフィアは起き上がった。
音を立てないようにベッドを降りると両手と背を伸ばす。
気持ちのいい伸びができたと内心満足すると、そっとドアを開けた。

「おはようございまーす!」
「あらフィアちゃん、おはよう!」
階段を降りるとリリスの明るい声が返ってくる。
ロニとジューダスは既に手伝いを終わらせて着席していた。今朝は昨日の夕食でも頂いたシチューと、おいしそうに焼けたパンが並んでいる。
見ただけでお腹が鳴ってしまいそうな朝食にフィアも早足で食卓に向かった。


「おはよ!!」
着席したと同時にカイルが駆け込んできた。のんびりと微睡んでいたところをリリスに容赦なく叩き起こされたのだろう。
慌ただしく騒がしい足音に、着席していたジューダスが眉を寄せる。
「うるさいぞカイル。食卓では静かに歩かないか。」
「うっ……ごめん…」
「まったく騒々しい。」
厳しい指摘が入るとカイルが背筋を伸ばして即座に謝った。そんなカイルに容赦ない言葉を浴びせたジューダスは膝にナプキンを広げていた。
マナーもばっちりかこの男可愛くねえ。隣の席でそれを見ていたロニの心が、フィアには容易く読めた。

「フィアちゃん、リアラちゃんは…?」
「まだ寝てるみたいです。顔色は最初よりずっと良かったから、たぶん回復してると思う。」
心配そうに訪ねてきたリリスにフィアがそう返すと、他の面々も安堵の表情を見せた。
やはり仲間として、無理をさせてしまった彼女を心配していたのだろう。
「そう、起きてきたらたくさんおいしいもの食べさせてあげなきゃね!」
リリスはそう言って優しい笑顔を見せてくれた。

「それならみんな揃ったし、食べましょう! いただきます。」
「いただきます。」
全員が着席したのをもう一度確認したリリスが食事の挨拶をする。フィアもそれに倣って両手を合わせて食事時の挨拶を口にした。
お腹の空いていたフィアはすぐにスプーンを持ってシチューを掬う。しかし視線に気付いてその手を止めた。
視線を辿った先にはリリスの綺麗な空色。

「リリスさん、どうしたんですか?」
何か聞きたそうにしている彼女に気付いたフィアはスプーンを置いて向き直る。
尋ねれば、彼女は頷いた。どうしたんだろうか?

「フィアちゃんって、アイグレッテから来たのよね。」
「? はい、そうですけど…どうかしたんですか?」
「じゃあリンカちゃんって子を知らないかしら。アイグレッテの宿屋で働いてる子で、ちょこっと有名な子なんだけど……」
「え……」
「!? ぐっ…」
「わぁっ! ジューダス噎せたの!? 大丈夫!?」
リリスの口からリンカの名前が出たことに驚いて、フィアはぽかんと口を開けてしまう。
同時にジューダスが噎せた。隣のカイルが背中をさする。珍しいとからかったロニが強烈な肘鉄を食らわされたことも追記しておこう。


prev / next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -