Visibile ferita

 暖かな英雄の証



「リアラっ!!」
やっと見つけた大聖堂への入り口。そこを吹っ飛ばすのかと思うほどに勢いよく開けて、カイルはリアラの名前を呼んだ。
聖堂の真ん中にある大きな置き物の前にリアラとエルレインはいた。

「カイル……?」
「……彼もまた、お前と同じように悲劇を求めるというわけか。なんと、愚かしい……。」
信じられないというような、驚いた表情を見せたリアラはカイルを呼んだ。そんな彼らのやり取りを見て、エルレインが小さくぼやく。
フィアは彼女と目が合ったような気がしたが、頭を振って剣の柄に手をかけた。

「あきらめろ。お前たちの努力は無駄に終わる。」
「リアラを離せ!」
「……すべての人々の、幸福を無視しても…あくまで、逆らうというのか。」
淡々と話すエルレインにカイルは叫ぶように言い放った。そんなカイルの様子を見たエルレインは、整った顔に明らかな敵意を宿してこちらを睨みつける。戦闘態勢に入ったカイルも剣を抜き、エルレインに斬りかかる。しかしさすがにレンズの力で強化しているのか、弾かれてしまった。

「ならば……容赦はしない!」
得物を構えると、エルレインは詠唱を始めた。大きな術を唱えているようで、それが組み立てられて直撃したらいくらみんなでも無事では済まないだろう。


「させるか! ──デルタレイ!」
珍しくロニが術で詠唱を阻む。彼の術を皮切りに、ナナリーとジューダスの術も完成していく。剣と弓がエルレインに向けられた。

「行くよ! ──スプラッシュ!」
「──エアプレッシャー!」
激しい水流が襲いかかり、その直後に重力で地面に縫いつけられる。そしてジューダスは更に晶力を高めると、今度は短剣をエルレインに向けた。

「逃がすか! ──シリングフォール!」
「ナイス!」
「──慈悲深き氷霊にて、清冽なる棺に眠れ…! 二人とも、離れて!」
「オッケー!」
ジューダスの放った追加晶術は見事、エルレインに命中した。降り注ぐ岩の雨はエルレインに襲いかかる。
横を駆けて行ったロニが斧を振り上げ、カイルも剣を振る。弾かれたが、それでもかなりのダメージを与えられたようだ。そしてその間にも、ルナの詠唱も終わったらしく術式が組み立てられる。手をエルレインに向けて術を発動させた。

「フリジットコフィン!」
触れただけで凍てつく氷の棺が、一瞬にして大聖堂内を凍りつかせる。
エルレインがよろめいたが、詠唱は続いていたらしく強い晶力がこちらに牙を剥いた。

「インディグネイト・ジャッジメント!」
「うわぁぁぁ!」
「きゃぁっ!」
まずい、と思った時には高まった晶力が解放され、一瞬にしてカイルとナナリーが吹き飛ばされた。二人は後ろにいたロニをも巻き込んで壁に叩きつけられる。壁には蜘蛛の巣状に罅が入り、かなりの衝撃で叩きつけられた三人は気を失っている。
雷の剣は神殿内を容赦なく駆け巡り、凍てついた大聖堂は氷から解放されていった。

「みんな!」
残るはフィアとジューダス、ルナの三人だ。
球体のような物の中からリアラが悲痛な声を上げた。彼女は出たくても出られないようで、手が傷付いても壁を叩き続ける。

「ち…!」
ジューダスが小さく舌を打つ。まさかエルレインがこんな場所であんな大技を出すとは思っていなかったのだろう。
彼にしては珍しく、怒りの感情を見せていた。苛立ちを露わにしている事すら気付いていないようで、彼は険しい表情のままにエルレインを睨みつける。

「信じらんない…! なんなんだよあのパワー…!」
「…お前はこれ以上の出力の技を見たことがあるだろうに……」
「は? 何言ってんの? 俺はあんたみたいなやつなんて見たことないっての…他人の空似じゃないの?」
フィアが小さくぼやくと、意外なところから答えが返ってきた。驚いたフィアがエルレインを見据えて、虚勢であることが見え見えの笑みを見せつつ返答する。
フィアの答えにエルレインは目を見開いた。そしてジューダスに視線を向けると口元だけで笑みを作る。


「……なるほど、まだ言っていないのか。」
「!」
「? なんのこと?」
エルレインの声に、ジューダスは肩を揺らした。いつも冷静な彼にしては珍しいことだ。
震えているようにも見える背中は、いつもよりも幼く、細く見えた。

「なぜ教えてやらないのだ?」
「黙れ…!」
「お前が最も大切にしてきたものを。」
「黙れ! 貴様に言われる筋合いなどない!」
明らかな動揺を示している彼の行動に、エルレインはくすくすと笑う。それはまるで、嘲笑っているかのように見えてなんだか不快に感じた。

「そして自分のわからぬ、可哀想な娘になり果てた彼女に…ぐっ!?」
「困るな、それ以上言われると。」
「お前……っ!?」
「──フリーズハンター」
抜いた剣を構えて向けようとした矢先、飛来する水の膜がエルレインを弾く。
驚いて背後を振り返ると、ルナがエルレインに向けて晶力を爆発させた。幾本もの水の柱がエルレインを貫き、神殿内の温度を奪っていく。

「何故だ! お前も彼も、彼女を取り戻したいと願うのは同じはずだろう!」
「──氷結は終焉、せめて刹那にて砕けよ……」
「くっ、何故救いを拒む! ──トリニティスパーク!」
「ルナ、危ないっ!」
詠唱を始めたルナにエルレインは手を向ける。真っ白な光がルナを襲った。
このままでは彼はあの光に焼かれてしまうだろう。そう思ったフィアは剣に晶力を溜めこむと、彼の手助けをすべく走り出そうと一歩踏み出した。

「え、ちょっと……ジューダス!」
「まさか……まさかとは思っていたが……」
「ちょっとなに…! ねえジューダス、ルナのこと早く助けないと!」
しかしそんなフィアの肩を誰かが掴んで止める。振り返ると竜骨が現れた。ジューダスだ。
呼びかけても反応を示さないジューダスは、ルナを見たまま茫然としている。アメジストは見開かれ、唇は震え、顔は青褪めていた。
彼がこんなにも動揺し、こんなにも茫然と立ち尽くしている様を、フィアは今までの旅で見たことがなかった。

「彼は…!」
悲しく震えるジューダスの、頼りない声が神殿内に響き渡る。球体に閉じ込められているリアラもジューダスの様子に気づいたらしく、栗色の双眸は丸く見開かれた。
どうしたのかとリアラが尋ねるよりも、煙が引いてルナが現れる方が早かった。
氾濫と言っても過言ではないほどに密集した、不可避の光をどうかわしたのか…彼は無傷のままこの場に存在していた。

「……」
無言を貫いたまま、ルナは手のひらをエルレインに向ける。海のようなサファイアは光を失っているように見えた。
例えるならば、光すら届かない海の底のような…底知れない不気味さと悲しみを背負っている。

手のひらにある晶力は、肌が痛くなるほどに高められていた。爆発寸前の火山のような印象を受けた。彼が爆発させるのはマグマではなく、氷の洗礼だ。



「──インブレイスエンド」
発されたその声は酷く冷静で、いつもの彼とはまったく違う冷酷なものに聞こえた。


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