Visibile ferita

 霞隠




「あの……」
「ルナの夢の世界で俺たちが見た……夢? 映像? があっただろ? 同じ状況の夢を俺たちはジューダスの世界でも見たんだけどよ、ルナの世界のとは違ったんだよ。しかも、ルナはそれじゃなくて、違う夢を見ていた……んだとよ。」
ジューダスの余りの剣幕に押され、声が細くなってしまった。しかし聞こえていたのかロニが説明をしてくれる。
彼自身も不安そうではあったが、要領はわかった。


「ロニ、説明下手すぎだよ…。」
「…カイル、俺だって混乱してんだよ。……悪いフィア、俺もよくわかんねえんだ。」
カイルはブーイングを飛ばしたが、十分な説明だった。
ロニは期待するようにフィアへ視線を向ける。事態の収束に動けるのは、現時点ではフィアだけだ。


「ちょっとは落ち着こーよ、ジューダス。」
「しかし……彼の発言は不自然すぎる! 記憶喪失というのもおそらく……」
ジューダスの名前を呼ぶと、彼は勢いよく振り返る。
矢継ぎ早に捲し立てられる彼の主張を断ち切るように、フィアはジューダスへ向けてびしりと指を立てた。

「目的を言わずに旅についてきていたのは君もおんなじ。賢いジューダスなら、俺が何言いたいかわかるよね。」
アメジストとかち合う。ゆっくりと首を振ってじっと紫の水晶を見上げた。
こうすると彼は視線を逸らし、たじろいでしまうのをフィアは知っていたからだ。

「……怪しいところは、僕にもあった。」
「そう。むしろ、君の方がみんなには怪しく見えていたかもね。……でも、ルナには説明してほしいかな。」
罰の悪そうな顔を見せたジューダスに対して、教えを説く教師のような態度でフィアは頷く。
振り返りながらルナを見ると、彼は困ったような笑顔を見せた。

「……僕にも、詳しいことはわからない。僕はあの場所で…繭のようなものの中で眠っていたんだ。あの、エルレインが来る前まで。」
「それはみんなも見てたよ。夢が違うってどういうこと?」
「それは、たぶん……僕の見ていた夢は、あの、みんなが言っているような内容じゃなかったから、かな。」
すらすらと物を言う彼にしては歯切れが悪い。ジューダスの尋問に相当参っていたと見える。
カノン、という素性が明かされた今、彼に対して警戒する要素がどこにあるというのか。


「確かにみんなが言っている夢の内容は、僕が過去に体験したものなんだけど……」
ぽつりとルナが呟いた。
その言葉には困惑と焦燥、そしてどこか悲しい感情が含まれていた。
そこでフィアに一つの疑問が生まれる。

「あれ……?」
ルナの見ていた夢。それが『夢が違う』?
どうしてそれが『夢を見ていた張本人』ではなくて、『他人』がわかるのか?


「ルナの世界で見たものなのに、なんでみんなは違うってわかるの?」
「それは僕にはわからないよ……。何か食い違い…があるのかもしれない……」
ルナはそう言って頭を振った。
悲しそうに瞳を細めた彼は、長い睫毛を伏せてそのまま続ける。

「みんなが正しいと言っている夢と、僕が自分の世界で見ていた夢が違うもので、僕の世界でみんなが見ていたという夢が……」
「あーちょっと待って混乱してきた!!! いっこずついこーよ!」
頭をかきむしるようにして叫んだ。当の本人たちがこれでは、他の面子も事態が把握できないわけだ。



リアラの力であのカプセルの部屋へ戻った一行は、エルレインと対峙した。
そのあとすぐに歴史の改変が行われる前――つまり千年前へ飛んだ。

エルレインの歴史改変を阻止するためである。
そして冒頭へと続く。

どうやらフィアは他のみんなよりも気を失っている時間が長かったようだ。
唯一事態を把握していそうなリアラも近くのベッドですやすやと寝息を立てている。
転移するにはレンズの力が必要と、そう言っていたリアラだったが今回の転移にはレンズを使っていない。

相当の負担がかかったのだろう。
スノーフリアへの船旅の途中で、沈没しかけた船を救った時のように。



「じゃあ最初に――…、!」
とりあえず疑問に思っていることを全員に聞けばいい。
そう判断したフィアは、ジューダスに向き直ろうとして固まった。


「……」
「……」
なんと、見知らぬ少女がベッドの端に肘をついて、大人しく話を聞いているではないか。
ぎょっと目を見開いて固まったフィアに、全員が視線を向ける。そしてフィアの視線が注がれている方へ向くと全員が石のように固まってしまった。


「あら、気にしないで続けていいのに。…勘の鋭そうな渦中の二人が気付かないんだから、アナタたち相当参っていたのかしら。」
話を聞いていた少女はにやりと笑うと、ベッドに座り直す。
「考えられる可能性はふたつね。」
足を組んだ彼女は、右手の人差し指を立てた。宛ら子供に物事を説明する親のように彼女は微笑んで口火を切る。


「良い結果と悪い結果どっちから聞きたい?」
片目を伏せて悪戯っぽく笑った少女は右手を下ろし、今度は左手の人差し指を立てた。
ころころと表情を変える少女の明るい空気は、漂っていた険悪な雰囲気を緩和してくれている。食えない人物にも思えた。

「そうね、あなたが選んで。」
「え、俺が!?」
彼女はカイルに視線を送るとにんまりと笑う。
指定されたカイルは、きょとんと目を瞬かせる。その色と行動が、スタンを思い出させた。
「えーとじゃあ……良い方から。」
「オッケー。じゃあそっちの推測から。」
カイルの返答に頷いた少女は、足を組んだ。ベッドに両手をつくと、目を閉じて口を開く。


「その『夢』とやらは三種類存在するわ。」


prev / next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -