Disapper tear

 翳る太陽





「随分と勝手なこと言ってんじゃん、あのおっさん。」
『アホらし……』
「そこの黒髪の男!」
アリアがティベリウスの話すセインガルド進攻を聞き、眉を寄せる。
隣で笑っているカノンの腰から呆れたような声が響いた。同時にティベリウスがリオンを睨み付ける。ぎろりと効果音がつきそうな、そんな執念の篭った目付きだった。


「僕か?」
「その腰に提げている剣、それは我が国に伝わる宝剣ではないか!!」
「……なんだと?」
ぴくり、とリオンの眉が動く。ティベリウスの物言いが頭に来たのかもしれない。
今の言い方では、リオンがシャルティエを盗んだかのように聞こえるのだ。



「グレバムから話は聞いているぞ! 貴様、リオン・マグナスだな!!」
「まずい! あたしたちのこと、バレてるわ!!」
ルーティが焦った声を出す。ティベリウスがにやりと不気味に笑ったのを、アリアは見た。


「ものども、奴らを捕えよ!」
「やばい、逃げろ!」
スタンの声を皮切りに、一行は逃げていく。内心とても気になっていたが、二人はここで動揺を見せる訳には行かなかった。
いけしゃあしゃあと領民たちにまぎれて、広場から出る。



『兄貴がいるのは…小船で渡った先だ。』
「ほーんとアークって、こういう時頼りになるよなぁ。」
二人は散り散りになっていく民衆に紛れ、静かにゆっくりと一行の後を追う。小船に乗り、着いた広場で一軒の民家を見つけた。



『そこの民家だ。隠し部屋があるらしいぜ。あ、あの金髪ドア蹴りやがった。』
アークは特別製で、他のソーディアンの居場所が分かるという特性を持つために、離れてしまっても追跡が可能である。故にリオンは二人を別行動させたのだった(ちなみにその場所の様子もある程度は分かるらしい)。


「金髪? …もしかしてあの羽の帽子かぶったにーちゃんか?」
「行ってみようか。」
「おっと、」
カノンが、民家の扉をノックしようと手を伸ばした。
しかし彼が扉を叩く前に扉がスライドし、中からあの金髪の吟遊詩人が現れた。


「……お? お前らあいつらの仲間だな。」
「ご存知でしたか。シデン領の若?」
カノンが微笑み、頭を下げると彼は困ったように帽子に手を当てる。


「……やれやれ、バレちまってるのか。さすが客員剣士様だな。」
「もしかして、捕われた領主のご子息を?」
「!」
ぴたり、と彼の動きが止まった。カノンを見て目を細める。
その様子を見て、カノンは心底楽しい、といった風に微笑んだ。



「お前さん……只者じゃあないな?」
「失礼ながら、上司が盗聴器をつけておりますので。会話は聞かせて頂きましたよ。」
オベロン社製のイヤホンを見せると、彼はため息をつく。


「そんな手があったのか……しかしまあ何にしろ、助っ人はいらないぜ。」
「なんでだよ?」
「じゃあな、可愛いお二人さん。」
アリアの質問には答えずに、道化を装った吟遊詩人は去っていった。



「……どーなってんだ?」
「とにかく、入ってみようか。」
今度こそ扉を開けて中に入る。中にいた二人の領民が驚いたように振り返った。
そんな彼らを安心させるように微笑みかけて、カノンは洗練された態度で頭を下げる。


「失礼します。こちらに客員剣士一行はお邪魔していますか?」
「あぁ……助っ人の皆様ならこちらです。どうぞ。」
『あの壁の奥だな。』
「ありがとな!」

アリアは彼らに礼を述べる。カノンは軽く頭を下げた。
アリアが壁を軽く叩くと壁はがこんと音を立て、スライドする。引き戸になっているらしい。

階段を降りていけば、焦ったように口論する見知らぬ二人の人物とそれを呆気に取られながら見ている一行がいた。



「若が、お一人で城に向かってしまったぞ!」
「なんだと! どうして……」
「若ぁ? ってあの羽付き帽子のにーちゃん? さっき会ったけど……」
「会った?」
どうやら、あの吟遊詩人の協力者らしい。アリアが首を傾げると、リオンがいち早く反応した。
そしてカノンに視線を向けると、言葉を続ける。

「そいつは城に行ったのか?」
「……んー…」
リオンの声に、カノンが右手を耳に添えた。集中しているようで、何かを聞きとっているようだ。
…まさか。
不穏な考えがアリアの頭をよぎる。


「…そうみたいだね。」
「ジョニーさんを追おう!」

カノンの情報を聞いてスタンが真っ先に飛び出した。その後をルーティ、フィリア、マリーが追う。
残された三人は、無言で佇んでいた。リオンがちらりとカノンを見る。



「カノン、いつあの男に盗聴器などつけた?」
「さっきすれ違い様に。」
「よくつけられたな。」
「僕の手癖が悪いことは上司様もご存知のはずですが。」

ずきん、
仲良く話している二人を見て、アリアの胸が軋む。
リオンは自分の知らないカノンを知っていて、カノンは自分の知らないリオンを知っているのだろう。


入り込めない隙間。
それは常に自分のために解放されていて、二人もそこにアリアが入ることを拒もうとしていない。
しかし、解放されているにも関わらず、そこに入ろうとすると頭の中で警鐘が響き渡る。

二人のことはとても大切で、好きだ。二人が同じように自分を思ってくれているのも、なんとなく分かっている。


だが、

ここに入ってしまったら、もう逃げられない。入ってはいけない。…そんな気になるのだ。
それは、アリアのわがままなのだろうか?




「どした、二人とも?」
リオンが左手を、カノンが右手を差し出してきた。
それを見て思わず目を見開くと、リオンはそっぽを向き、カノンは優しい笑顔を向けてくる。


「……行くぞ。」
「置いて行かれちゃうよ。」
恥ずかしさとかそんなものよりも、この手を握っていたいと思うのは何故だろう。
この手を握らなければ後悔する──…その不安の理由は何?


「……うん、」
そっと二人の手を握った。
リオンの手は意外にも大きく、暖かい。カノンの手は男の子にしては華奢で小さく、冷たかった。
その手を引っ張って、駆けだす。



「いこっか!」
この不安を、二人に悟られませんように。
この不安を見せることで、二人が滅びませんように。

自分が笑うことで、それが叶うならいい。

  


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