Disapper tear

 落ちたのは、射抜いたのは




「おーい、リオン!」
間抜けな声が聞こえ、振り返ればそこに見えたのは金髪だった。
まったく船のせいで気分が悪いというのに、あいつはさらなる不快感を僕に与えるつもりなのか。


「ん? 顔色が良くないな。大丈夫か?」
「……何の用だ?」
自身の顔色の悪さに気付かれたのだろう、こいつはこう見えて中々鋭い男だ。
しかしわざと聞こえぬふりをして用件を問う。スタンとは違う方向を見れば彼に顔色を察されてしまうこともないのでそっぽを向くというおまけつきだ。

そんなリオンの態度にもめげず、スタンは照れたように笑った。


「用って程じゃないけどさ、たまには男だけで話でもしないか?」
「僕はお前と話すことなどない。」
頼むから僕の態度にめげてくれないか気持ちが悪い。
そう思わずにはいられないリオンだった。男が頬を染めてこちらを見てくるなんて、気色悪い以外の何物でもない。
友人関係にあるものならばまだしも、こいつはそういった関係ではない。


「……イレーヌさんって、いいよなぁ。」
「! …スタン、お前……」
「『誰も憎しみあう事なく、皆が笑いあえる世界を作りたい』……そんな風に言い切れるのって、すごいよな。」
「……。」
「それに優しいし……綺麗だし……」
スタンはイレーヌに惹かれているのか。
海面を見たまま穏やかな声で話すスタンに、リオンは確信した。
リオンには何も言えないし、応援してやる気もない。さらに言えばスタンは何もしなくてもイレーヌの心を射止めそうだ。


「り、リオン…」
「……なんだ。」
他人の恋愛感情にとやかく言う必要はないとリオンは思う。
そんなリオンのことをちらりと窺うスタンの顔が視界の端に映った。何事かと彼を見ればスタンは言い辛そうに俯く。


「あ、あの……カノンの事なんだけどさ、」
「カノンがどうかしたか。」
いきなり変わった話題に驚きつつも、聞き覚えのある名前にリオンは顔を上げた。
真剣な色を見せるスタンのアクアマリンがまっすぐに自身を見ている。


「俺……その、カノンのことが気になってて…」
「カノンを?」
「おかしいよな、カノンは男だし……でも、カノンは華奢で小さくて…気になるんだ。」
眉をひそめたリオンをどう思ったのか知らないが、スタンは頬を染めて空を見上げた。
彼から目が離せなくなってしまったのは、見上げた空とスタンの目の色があまりにも似ていたからか。


「この間ノイシュタットでだって……街が大きな騒ぎになっている時…俺、カノンのことを探してた。姿が見えなくなったら不安だったんだ。」
これって、好きってことだよな。
そういうスタンはとても穏やかな表情で目を閉じる。目を開けたスタンはまたあのまっすぐで真摯な目でリオンを見た。



「なぁ、リオン。もしかしてリオンもカノンが……」
「……そんな訳ないだろう。」
スタンから顔を逸らす。そのまっすぐなアクアマリンを直視出来なかったからだ。
そのまま何が言いたげなスタンを無視したまま、続ける。


「勝手にすればいい。僕には…関係ない事だ。」
スタンの文句を受け付けないといわんばっかりに、心とは裏腹な言葉を冷たい言葉で装飾して吐きだした。
そんなリオンの心境を察するような人間にスタンが出来ていないのは分かっているが、それでもそうしたかったのだ。



「そうか……。じゃあリオンはアリアが好きなんだな!」
「……は?」
「ずっと気になってたんだ。アリアが俺と話してたりすると不機嫌になるわりに、カノンの事も気になるみたいだったからさ!」
目を取り落してしまうのではないかというくらいにリオンの目が見開かれる。当然だ、いきなりの話題変更に思考がついていかないなら普通の人間は固まってしまうだろう。
スタンのよく分からない発言にリオンの思考回路は最早爆発寸前だ、目を見開いてしまうのも無理はないと思ってほしい。
ようやく頭の中に浮かんで来たのは『ちょっと待て』と『なぜそこでアリアが』という二つの文章だけ。

「スタン、ちょっと待て…!」
「お二人とも、楽しそうですね。何のお話ですか?」
それを言おうとしたところでフィリアに遮られ、その二つの単語はリオンの喉に飲み込まれた。
スタンは何食わぬ顔でリオンに話題を振ってくる。フィリアの仲がいいですね発言に「まあね。」と返すスタンに軽い殺意を覚えた。
アリアが後ろで笑っているじゃないか。


「冗談はやめろ。お前と僕が、いつ仲良くなった。」
「照れなくてもいいだろ。」
緩みまくった顔でアリアとリオンを交互に見た後、にへら、と笑うスタン。諦めの意味の溜め息をつき、スタンを見据えた。


「僕はお前のように図々しくて、脳天気で、馴れ馴れしい奴が大嫌いだ。」
「いっでー──!」
ついでにスタンの足を勢いよく踏みつけて船内へと足を進める。
痛がるスタンの声をバックミュージックにドアを閉じた自分の顔が、醜く歪んで泣きそうになっているのがわかった。



(……ああ、)
胸を突き刺すようにこみ上がってくるこの気持ちは一体何なのか。




(僕は一体何をしているんだろうか。)
今のリオンに知る術はない。 


 


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