Disapper tear

 曖昧な不安




「……?」
「どうした、アリア?」
日は沈み、裏口から侵入した一行は隙だらけの神殿内部を捜索していた。
ある一室のドアの前でアリアは立ち止まる。そこから強大なエネルギーを感じたからだ。
リオンに声を掛けられて思わず肩が跳ねる。振り返ると彼は怪訝な顔でこちらを見ていた。


「……いや、この部屋…大きいエネルギーを感じるなって…」
「…それって神の眼?」
「たぶん……」
首を傾げたルーティに自信なく頷くと、彼女もそのドアを見つめる。
赤紫の瞳には、強い警戒の色が浮かんでいた。

スタンがゆっくりとドアを開けると今まで感じていたエネルギーが一瞬で膨れ上がる。
部屋の中には白い神官服に身を纏った、筋肉質の男が立っていた。



「グレバム!」

フィリアが目を見開く。そしてその男の名前を叫ぶような必死さで呼んだ。
彼女が口にした名前はストレイライズ神殿を襲い、マートンを殺して神の眼を強奪した大司祭の名前だった。


「あれが…神の眼…?」
「やっぱ実際見るとでかいな…」
初めて見る神の眼の威圧感にスタンが空色の目を丸くしている。
そしてアリアもまた、その大きさと強大なエネルギーに体が震えた。



「グレバム・バーンハルト、神の目強奪の罪により逮捕する。」
「私がそう易々と捕まると思うか。行け、モンスター共よ! 奴らに神の眼の力、存分に見せつけてやるのだ!」
リオンが鋭い、威嚇するような低い声と共にグレバムを睨みつける。
それに笑うグレバムは手を掲げ、モンスターの大群を召喚した。そのモンスターたちはすぐさま一行を囲む。
鱗を光らせる一匹が奇声を上げて飛びかかってきた。

「ッくそ!」
「カノン、お前も来い! アリアは威力が低くても構わん、炎属性以外の晶術を使え!!」
それをディムロスで阻み、スタンが前線へと出る。彼の隣にリオンも並んだ。
黒髪を揺らしてリオンは振り返り、こちらに指示を伝える。それに頷いてアリアは詠唱を始めた。
集中すると両手に水の晶力が集まってきてくれる。


「──行っけぇ! アクアエッジ!!」
両手をモンスターの群れに向けて集めた晶力を思い切り爆発させた。
刃となった水はモンスターたちへと向かう。



「逃がすか! 幻影刃!!」
「魔神剣!!」
アリアの晶術を起点としてリオンとスタンが反撃、モンスターは確実に減っていった。
彼らと離れた場所ではカノンが後衛であるフィリアとルーティへ向かうモンスターを迎え撃っている。

「──ウインドアロー!」
音波のような攻撃を素早い身のこなしで避け、短い詠唱を完成させると強い晶力を叩きつけた。
そのまま前線へと躍り出ると、カノンは水属性の晶力を乗せて剣を振るう。氷の斬撃が刃となって敵を真っ二つに斬っていった。
技の名前は知らないが、カノンお得意の攻撃だ。


「スナイプロア!!」
怯んだモンスターの隙をついて回復の終わったルーティが軽やかに跳躍した。
最後の一匹が霧散し、ルーティは息をつくとアトワイトを鞘へ収める。



「…っとこれで最後ね。」
「そうみたいだね。」
「カノンってすっごいなぁ!!」
「おいおいっ!」
ルーティの声にカノンが頷いた。彼も同じくアークを鞘へ収めている。
抜き身のディムロスを持ったままのスタンが感激した様子でカノンの手を掴んだ。ぞっとしたアリアは思わずスタンからディムロスを取り上げる。


「なにすんだよ、アリア。」
「ばかっ! カノンがケガしたらどーすんの!!」
「あ……ご、ごめん…」
「スタン、」
俯いてしまったスタンの肩をカノンが優しく叩いた。振り返ったスタンにカノンは綺麗な微笑みを向ける。


「僕なら大丈夫だよ。アリアも…心配してくれてありがとう。」
「カノン……」
カノンの声にぽやんと頬を染めて、だらしなく笑顔を浮かべるスタン。
それを見たリオンは不機嫌に眉を寄せて言い放った。
「それよりも急ぐぞ。グレバムが逃げた。」



「リオ……!」
「リオン! 危ない!!」
彼がこちらに背中を向けたのと同時に、死んでいるものと思われていたモンスターの一匹がリオンに向けて何かを放とうとしているのを見つけた。
リオンの名前を呼ぼうとしたアリアだったが、それはスタンに遮られてしまう。そのまま金髪が揺れ、スタンはリオンとモンスターの間に滑り込んだ。
モンスターの攻撃を背に喰らい、スタンはその場にくずおれる。

「スタン!?」
「──アクアレイザー! ……まだ生き残っているのか…!」
その場の全員がスタンを呼んだ。カノンが晶術でモンスターの息の根を止める。
モンスターの攻撃には石化効果があったらしく、スタンの体は背中から徐々に石と化していった。

「俺の、ことより……早くグレバムを…っ!」
そう言い残したスタンは、完全に石化してしまう。
そんなスタンに背を向けて、リオンは神殿を出て行こうとしていた。


「ちょっとあんた! スタンがあんたをかばってこうなったのに、ほっといてグレバムを追うつもり?」
「……」
「リオン……」
そんなリオンにルーティが厳しい視線を向ける。一瞬躊躇ったかのように見えたが、リオンはそのまま神殿を出て行ってしまう。
出て行ってしまった彼の名を呼ぶが、そんなことで帰って来てくれるわけもない。



「みんな、新手だ! 手伝ってくれ!!」
「あーもう! 仕方ないわねっ!!」
マリーが斧を構えて言うと、ルーティもアトワイトを抜いた。

「──槍と成す潔癖なる光、降り注げ…」
いつの間に詠唱に入っていたのか、術式を組み上げたカノンは剣を持っていない手をモンスターへと向ける。
彼のいつもの微笑みは、どこか冷酷さが見え隠れするものに見えたのは、自分の気のせいなのだろうか。

「ホーリーランス!」
光の槍が降り注ぎ、モンスターたちは一掃された。
しかし油断なく剣の柄に手を添えるカノンは、自分よりも数倍警戒慣れしているということがわかる。

「スタンさん!」
フィリアとマリーが石化したままのスタンに駆け寄っていった。それを見てかカノンも柄から手を離し、こちらに向かってくる。
悲痛な面持ちで石化したスタンを呼ぶフィリア。マリーも心配そうに彼の様子を窺っている。


「スタンは治らないのか?」
「アンチドートをかけてはみたけど……ダメみたい。」
マリーの声にルーティが首を振った。彼女のその様子に場が静まり返る。


「バジリスク…小型だけど危険なモンスターで、石化効果のある音波攻撃をしてくるのが特徴なんだ。でも…」
尖った顎に手を添えたカノンが、モンスターの死体を見て小さく呟く。
集中した視線に困ったような笑顔を見せると、カノンはポケットを漁って何かを取り出した。

「パナシーアボトルで治せるよ。」
取り出したのは茶色の小瓶だった。それはパナシーアボトルに相違ないだろう。
はい、とカノンはパナシーアボトルをルーティに渡す。受け取ったルーティはすぐにスタンに瓶の中身を振りかけた。

少しずつスタンの色が戻っていく。それを見て、アリアもほっと息をついた。

「んー……」
「まったく人の心配も知らないで…」
全ての色を取り戻してもなお、スタンは目を覚まさない。どうやら寝ているようだ。
ルーティが肩をすくめて溜め息をついた。


「……この平穏はいつまで…?」
「カノン、どうかしたの?」
「…んーん。なんでもないよ、アリア。」
カノンが何か呟いたのが聞こえて振り返る。しかし曖昧な笑顔ではぐらかされてしまった。
胸にわだかまりを残したまま、戻ってきたリオンと彼に連れられたバルックを迎えた一行は次の目的地を聞かされた。



(……あの笑顔、どこかで…?)
光のさし込み始めた神殿に、幸せそうな寝顔のスタン。
照れているリオンに、からかうルーティ。
そんな空間の中でカノンの曖昧な笑顔だけが、瞼に焼き付いて離れなかった。


 


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