アウグストの十字架

 12.賽を放る五十四日目




鈴村優菜が氷帝学園に転校してきてからは一カ月と三週間と二日が経とうとしていた。
この二日、針の筵に座っているかのような地獄を味わった……と言えるだろう。依頼人はこれを半年以上も耐えていたというのだから驚嘆に値する。
人間であるにも関わらず、すさまじいほどの彼女の精神力には敬意すら覚えるほどだ。

鈴村優菜は過去にあった出来事をなぞらえながら、今を演じている。
仕込みは上々。後は、綺麗に並べられたドミノの一番最初の部分、それを指で押すだけ。


「……」
くすっ。自然と笑みが込み上げてくる。清廉潔白な人間よりも、ちょっとしたことで価値観をぐるりと変える……そんな人間臭い人間の方が祐娜は好きだった。
なぜなら、その方が陥れた時に面白いからだ。

曲がりなりにも祐娜は“女帝”の能力と名前を欲しいままにする魔族。ただただ困っているという理由で人間を助けたいと思っているわけではない。
人間の愚かさ、美徳や尊敬できる点を観察している……というのが最も近い理由なのかもしれない。
助けを求めてきた人間に対して叶えてやっていいかどうかの基準、その取捨選択の権利はこちらにある。祐娜はそう考えている。この考えに賛同できなくとも構わない、とも。
意見を持っていて、時に苦言を呈してくれても良い。あの城の住人たちにはそのような考えで接している。

(だってただ従うだけでも、文句を言ってくるでも……結果が見えているものは面白くないわよね?)
そう、“女帝”は決して聖人君子ではない。縋れば不憫に思い必ず助けてくれるというわけではない。
まず自分が楽しいか、そうでないか。その一点に尽きる。今回の場合はとてつもなく面白そうな匂いがしたから、というのが目下の理由だ。

これから、その『とてつもなく面白そうなこと』が起きるに違いない。祐娜はそう確信していた。だから、思わず笑みが零れたのだ。
祐娜は笑みをそのままに門を潜った。歩みを止めて目を閉じる。

さらさらと木の葉がさざめいた刹那、女帝はその場から忽然と消えた。




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