アウグストの十字架

 5.開幕初日





「…失礼します。」
ノックをして職員室に入ると、教員たちの視線が一気にこちらを向く。
驚くような空気が伝わってくる中、鈴村優菜は小首を傾げてにっこりと笑ってみせた。真新しい制服は少し動き辛い。

「やあ、よく来てくれた。来たばかりで少し不安かもしれないが、私が案内するから大丈夫だよ。」
「よろしくお願いします。」
「ああ。では行こうか。」
「はい。」
一人の教員がこちらに近づいてきた。機嫌を窺うような笑みはひどく不快だ。しかしその嫌悪感を表に出さぬように優菜はにこりと微笑んでみせる。
安心したように胸を撫で下ろす教員に、優菜は鞄の紐を肩に掛け直して頷いた。


「鈴村、」
「っ!? ……な、なんですか?」
廊下を歩いていると、教員は立ち止まった。
振り返った彼はそのまま歩み寄ってくると優菜の肩を掴む。驚いた優菜は思わず手を振り払い身を引いた。

「……鈴村は本当に美人だなぁ」
「そ、それはどうも……」
しかしそんな優菜の行動を咎めることもせず、教員は優菜をじっと見つめている。熱の篭った視線に身の毛がよだった。
曖昧な愛想笑いと返事を返すと、ますます嬉しそうに厭らしい視線を向ける。教師としても人間としても腐り果てている性根に、怒りを通り越して呆れすら感じてしまうほどだ。

優菜の心を知ってか知らずか、教員はここで待っているようにと言い残して教室の中に入って行った。転校生がいることをクラスの生徒たちに知らせた後、優菜に入って来いと指示するつもりなのだろう。
教員が教室に入って行って号令がかかった後、教室内がざわめいた。


「いいぞ、入ってきなさい。」
「……失礼します。」
先程の教員の声が自身を呼んだ。教室が静まり返ったのを確認した優菜は足音を忍ばせてドアの前まで歩く。
一度止まってそっと取っ手に手をかけた。引き戸特有のがらがらという音が響き、優菜は教室内へと足を踏み入れる。

興味津々といった視線が全身に突き刺さった。
黒板の前、教員の隣に立つと教員は愛想笑いを浮かべてクラスに呼びかける。ご丁寧にチョークを持った彼は黒板にでかでかと『鈴村優菜』と書いてみせた。
それくらい自分で書ける、出そうになる言葉は喉の奥に飲み込む。

「今日からこのクラスに転入してきた、鈴村だ。さあ鈴村、挨拶を。」
「初めまして、鈴村優菜です。よろしくお願いします。」
形式的な堅苦しい挨拶と共に頭を下げると、クラス中に拍手が沸き起こった。拍手が起こったことに驚いた様子を装って顔を上げる。
嬉しそうにはにかんで笑みを作ると、クラスのざわめきが大きくなったのを感じた。

酷い負の感情を放っている少女を視界に捉えて、優菜はもう一度頭を下げたのだった。



prev / next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -