アウグストの十字架

 6.上映七日目の邂逅





転校初日と二日目、なんら異常のない生活を優菜は楽しんでいた。そして三日目の朝食の際に、朝の弱い玲緒には珍しく大人しく席についていたのを見て祐娜は首を傾げた。何か異変があったのだろうと結論付けてトーストにバターを塗ったその時だ。

『……跡部景吾が鈴村優菜について調べてるみたいだよ。』
『どういうことだ?』
『ヒトメボレ、ってやつだろ。テニス部のマネージャーに誘いたいとか思っているんじゃない?』
面倒くさい、眠いとでも言いたげな彼女の口からはやる気皆無な言葉が飛び出した。どこまでも他人事な彼女とは反対に、彼はアメジストに怒りを宿して鬼の形相で立ち上がった。
彼――もといリオンは、整った眉を不機嫌に歪めて翡翠を睨みつけるように見やった。

『そのせいで祐娜は傷つけられるというのか……!』
『当初からそういう予定だっただろう?』
リオンの声にしれっと返した玲緒に、リオンは形相をそのままにテーブルに立てかけてあった銀色の剣を手繰り寄せる。
そんなリオンの行動を知ってか知らずか、玲緒は静かにティーカップを置くと椅子の背凭れに体を預けた。長い足を組むと目を閉じる。

『…でも、予定通りに事が進んだ後は痛い目に遭ってもらうよ。』
静寂が支配した空間の中に、雫が落ちるように小さな声が零れ落ちる。白い瞼がゆっくりと持ちあげられ、吸い込まれそうな翡翠が現れた。
まるで美術作品のような完成された美しさは冷酷であり、冷徹であった。


『僕は主を傷つけられて怒らないほど寛大ではないからね。』
魔女が優しく子供に囁くような言葉は、間違いようのない敵意を孕んでいた。その敵意が向けられているのは間違いなく、今優菜の目の前にいる男たちだろう。
彼女の目の前にもし跡部景吾と忍足侑士がいたならば、彼女の武器である弦で輪切り──いやそれよりも微塵切りの方が正しいだろうか──にされていただろう。紅茶を啜りつつそんな失礼極まりないことを考えたのをはっきりと覚えている。


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