アウグストの十字架

 4.上映予定は未定





「……これが、彼女の本心なの?」
不機嫌なのを隠しもせずに、シンクが横目でユーリを睨み据えた。
そんな彼の不機嫌全開な視線にもまったく動じないユーリは、本から視線を外すことなく上品な笑みを浮かべたまま。

「偽善者、とでもいいたいのか。」
シンクの機嫌が彼にも感染したのだろうか、リオンが吐き捨てた。
彼も眉間を寄せて難しい顔をしたまま、目の前の小さな液晶画面を睨みつける。
「彼女は玲緒の『言霊』で本心が剥き出しになっているはずだ。そんな状況で祐娜に『誠意』の答えを示した。つまり彼女は、メールの内容通り被害者なのだろう。」



「祐娜ちゃんはこの依頼、きっと受けるよねぇ。」
「面倒なことになった……。」
リオンの言葉に返したのはスマイルだった。
彼はにんまり顔を少年に向けると、口元を長めの袖で隠してくすくすと笑い声を上げる。スマイルの行動にリオンは眉根を寄せたまま、黒髪を揺らした。

「まったく貴様のお節介には手を焼かされる。」
未だ無言を貫き、優雅な微笑を崩さないユーリを睨みつけると当てつけのようにため息をついてみせる。

「へえ、あんたがそういうこと言うの珍しいね。」
「ホントー! リオン君、いっつも『文句言う前に終わらせればいい』って言うのに。」
そんなリオンに、シンクが驚いたように目を見開いた。スマイルも彼ら同様、意外そうに隻眼を見開く。
彼らの反応にリオンは液晶の中の柳川綾を見つめた。彼のアメジストが液晶の光を反射し、それは暗がりの中で本物の宝石のように輝く。
しかしその光は人工的な美しさを持つもので冷酷なほど冷たいものだった。液晶から目を離さずにリオンは続ける。


「僕にも苦手なものくらいある。その中に女が含まれているだけだ。」
リオンのフルネームはリオン・マグナス。
もともとリオンは異世界の住人であり、その世界で若くして命を落とした。しかしその才を惜しんだ祐娜が、彼をこの城に連れてきた。
それ以来彼はこの城の住人として日々を過ごしている。


「ふーん……あ、でもあんたって前の世で女のために命張って死んだんじゃなかった?」
「自分の運命を呪って敵にわざわざ殺されてやった男に言われたくはないな。」
「……ケンカ売ってる?」
頬杖をついてリオンを見るのはシンク。彼もまた異世界で命を落とした少年だ。
この城に住まうようになってからはだいぶ丸くなってはきているが、彼は剣山のような皮肉を相手に突き刺すような少年だった。
今回もリオンの過去を掘り返して、彼に手痛い反撃を喰らう始末。

ちなみにシンクが言ったリオンの過去も、リオンが指摘したシンクの過去も正解である。そのことを知っているスマイルとユーリは思わずといった様子で笑みをこぼした。


「あははは、まるで猫だね。君たち、毎回毎回飽きないのかい?」
「貴様は彼女を案内したのではなかったのか。」
「あの子のことは祐娜ちゃんにまかせちゃおうと思ってさ、」
「祐娜に負担をかけるつもりか、恩知らずめが。」
上がる炎に油を注いだのは紫の髪を持つサレだった。彼こそ、件の少女をこの城まで案内した張本人である。
しかしこの城へ入った途端、少女の前から姿を消して城の住人が集まるこの部屋へとやってきたのだった。手抜きにも等しい人任せな行動に、ユーリの冷ややかな声がぶつけられた。
本を読みつつリオンとシンクの会話を静聴していた彼は絶対零度の視線をサレに向けている。


「きゃー、ユーリこわぁーい!!」
「思ってもないことを良く言えるものだな、お前は。」
視線同様冷たい言葉を投げかけたユーリに、スマイルが笑顔全開で棒読みの台詞を発した。
ユーリは呆れたようなため息と共に手元の本を閉じる。


「……はぁ、」
目の前の彼らの呑気なことこの上ない行動に、リオンの眉間には深い皺が刻み込まれる。
そして液晶画面に映る、不安げな表情の綾を一瞥すると背後できゃーきゃー騒ぐ大人たちを見て心から思うのであった。

こんな大人になってたまるものか、と。



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