triste
水に落ちて、眠りに落ちる
「おや、」
部屋に入った和泉は、その場で止まった。
何故なら自分の部屋に見ず知らずの男がいて、その男は武器を持っていたからだ。
「すみません、お部屋間違えたみたいです。失礼しました。」
「お待ちになってください。あなたの部屋はここで合っていますよ。」
そのまま和泉は男に頭を下げてその場で踵を返す。しかし襟首を掴まれてしまい、和泉の体は後ろに倒れてしまった。
「おっと…」
「ひゃっ…!」
それを男が支えた。腰を引かれてびくっと反応した和泉は素早く男から離れて距離を保つ。
なに、このひと……こわい。
「こんにちは。」
「こ、こんにちは……」
目の前の銀髪の男に、和泉は恐怖を感じた。
手足が、体が震える。
和泉の様子を見て、男は愉快そうに笑い声をあげた。
「く……ふふふ…ああ、いいですね…その目…」
「あなた…一体……?」
「あぁ…いい……いいですよその橙の瞳…血に濡れたらとっても綺麗なんでしょうね…」
「!」
目のことを言われてしまい、和泉は俯く。
この目の色は珍しい色だし、あっちでもよく注意されたものだ。
父と母から受け継いだ色を変えられてしまった。それだけが和泉は悔しかった。
「ねえ、雪兎。」
彼は鎌を持って距離を詰めてきている。
逃げなきゃ、そう思っているのに体は動かない。
腕が振り上げられた。
あんな大きな鎌に斬りつけられたら、ひとたまりもない。
袖から出した針で勢いよく左手を刺した。痛みで痙攣した体に鞭打って和泉は立ち上がる。
ざくっ。
なんとか避けた和泉は床に転がった。元いたところを見れば、大きな鎌が深々と刺さっている。
「おや、致命傷を避けましたか。やりますねぇ……」
「う……」
「まさか自分を傷つけて体を動かそうとするなんて……ふふ、いいですね…」
「あなた…何者なんですか…」
「それを聞いてどうします?私の正体を知っても、あなたはここで死ぬ運命なのですよ!」
「っ……!」
太腿が斬られた。深くはないが、痛みを感じないわけではない。
周囲を見渡す。和泉はここで死ぬわけにはいかない。
「さあ、これでおしまいですよ。」
鎌が振り下ろされた。
自分の血が周囲に散っている。それを確認して、和泉は自分の力を発動した。
「な……!?」
周囲の冷気が爆発的に高まり、部屋の中は冷蔵庫のようにひんやりとした空気を発す。
和泉が流した血溜まりの中にいた男の足元は赤い氷で覆われていった。凝固したそれを確認して和泉は立ちあがる。
「く……!」
ずきりと痛みが襲ったがなんとか耐えて壁に手をつき体を支える。
和泉は傷つけられた太腿を引きずりながらも、誰かにこのことを知らせるべく歩みを進めた。
しかし。
「なかなか、興味深いものが見れました。」
「!……ん…っ!?」
驚いて振り返った和泉の腹部を、強烈な痛みが襲う。
続いて遠退いて行く意識に抵抗しようと唇を噛むが、その唇に何かを宛がわれてしまった。
そして甘い液体が口内に流し込まれる。
頭ではそれを飲み込んではいけないことが分かっているのに、鼻を押さえられて酸素を求めるあまりに和泉はそれを飲み込んでしまった。
「…っ……」
そしてすぐに襲ってくる眠気。睡眠薬だったのか。
もう眠気に抵抗する気力もない。
そのまま和泉は意識を手放してしまった。
「観察だけのつもりが、面白いものを手に入れてしまいましたよ……信長公。」
気を失った和泉を支えた男は、くすりと微笑んでそう言った。
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