triste

 救えなかった悲しみに震える




監禁場所が牢から豪華な部屋に変わって、二日が経った。
和泉を部屋から連れ出す竹中半兵衛は、刀使いの男と徳川家康の二人を和泉の背後に控えさせた。
突き刺さるような視線から逃げるように顔を背けると、徳川家康が苦く笑う。
どう反応していいのかわからず困惑する和泉の手を、刀使いの男が掴んだ。そして敵意に満ちた視線をそのままに和泉の両手をまとめると手錠を取り出す。

「貴様の妙な技を使うことは許可されていない。拘束させてもらう。」
「な…!」
「……どうぞ。」
それを見て徳川家康は虚をつかれたような、ぎょっとしたような、そんな表情を見せた。和泉を拘束した状態で移動することを彼は知らなかったのだろう。

「これが君を部屋から出すための最大の譲歩なのでね、どうか許してほしい。」
竹中半兵衛が微笑む。しかし和泉は彼らにあの部屋から出してほしいと頼んだ覚えがなかった。
一体彼らは何を考えているのか、それを考えるので精いっぱいだった。

「……構いません。」
「話が早くて助かるよ。」
自分の置かれている状況を鑑みると、反抗的な態度を取るのも得策ではない。
しばし考えたが結局頷くと、和泉は自ら両手を差し出した。乱暴に手錠がはめられて鍵をかけられる。多少痛んだが、そんなことは別にどうでもいいことだった。

「…あの、」
「ん? どうしたんだい?」
手錠をかけられるとどこか目的の場所(彼らにはわかるのだろうが和泉には何の情報もないのでそう仮定するしかない)に向かって歩き出す。
誰も何も言わず、またそうしようとしなかった。居心地の悪さを感じた和泉はなんとか緩和しようと前を歩く竹中半兵衛に声をかける。
案外普通の反応が返ってきた。どうやら会話くらいは許してくれそうだ。

「聞きたいことがあります。」
「……また元親くんの安否についてかな?」
「そうです。」
間を置かず言えば彼の紫苑が面倒そうな色を帯びた。
怪訝そうに眉を寄せて、愛想笑いのように口元を吊り上げる。またか、とでも言いたげな表情だった。

「それについては僕がしっかりと返答したはずだけれど。」
しかし大げさなほどに肩を竦めた彼は、既に表情を取り繕っていた。余裕そうな物言いにゆったりと緩んだ口元。
彼のその言葉に、和泉は首を振った。彼の視線に押し負けないように、出来る限りの強い視線をぶつける。

「あなたは『彼は別の場所にいる』とは言いました。けれど『どんな状態でいるのか』はっきりと言及することを避けています。怪我をしていたのだからその状態について尋ねるのは当然のことでしょう。……あの晩、どうして長曾我部さんは怪我をした状態で私の牢にいたのですか?」
「質問を皮切りに話題をすり替えて自分の欲しい情報を引き出す…そういう手法が君は非常に上手だ。僕でも細心の注意を払わなければ華麗な話術に引っかかってしまいそうだよ。」
「……すり替えていると感じるのならばそれでも構いません。私のことをどう考察しようがあなたの勝手です。…彼の安否を答えてください。」
和泉は心配だった。怪我をして自分の牢にいた彼は、目を覚ました時には隣にいなかった。
もしかして何かあったのではないか。目覚めてから出会った人に聞いてみたが、どの者もすべてはぐらかすばかりで無事かどうか確信することは出来なかったのである。

「……分からないな、」
彼は黙ったまま何かを考え込んでいた。しかし何かを思いついたのか、彼の表情は余裕な笑みに彩られる。
首を傾げると彼は足を止めた。和泉に向き直ると顔を覗き込む。
「彼はそこまで君にとって大事な人なのかな?」

巧みに話題をすり替えて情報を引き出すのは、彼の方がよほど上手だと和泉は思った。
しかしこちらがそれに気付いているのも彼の計算の内なのだろう。

「私に親切に接してくれたひとです。特別扱いもせずに、普通に。」
「……」
「答えてください。それさえ聞ければ他には何も聞きません。」
あえてそれに和泉は乗った。予想外の返答だったのか、彼は再び押し黙る。
和泉のこの答えを彼がどう解釈しようがどうでもよかった。

長曾我部元親。
彼が何の柵にも囚われず、和泉に接してくれたのは事実だ。普通に知り合った人間に接するように、自身にもそのように接してくれたことが嬉しかったのだ。
友達と呼べるような……そんな間柄だったのかもしれない。

「その質問の答えは……ここに入れば、わかるよ。」
彼はそう言いながら近くの部屋の襖を開けた。手の拘束を解いたところを見ても、この中へ入れと言うのだろう。
それに従って、和泉はその部屋へと足を踏み入れた。


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