triste

 狐は兎を思う、兎は蝶を思う





「今、なんと言った?」

スノウは目を見開いたまま、目の前の男たちに尋ねた。
目の前の青を纏った男は「Ah?」と小さく唸り、頬杖をやめる。

「あの方と知り合いなのでござるか?」
「答えろ。」
「あんたがそんなに慌てるなんて珍しいじゃねぇか、スノウ。」
「はぐらかすな。」

先程この屋敷に客人として現れた青年が目を見開いていた。
青の男はその隻眼に興味深そうな、好奇心に溢れた光を浮かべている。


「今、誰と…言った?」




池に着水してから三日。
この場所はこの目の前の男が支配する土地であるということと、この男の名前を知った。
この時代は最初にスノウが予想した通り…群雄割拠の戦国時代であるということと、特殊な力を持った人間が存在しその者たちは婆娑羅者と呼ばれているということも分かった。

自分が知っている歴史通りではないこともわかったが、スノウにはそんなものは関係ない。


「ゆ、雪宮殿のことか…?」
赤の青年――真田幸村がそう言った。
雪宮なんて姓、そうそうある姓ではない。スノウは確信したのだ。


「主が、いるのか……今どこに!?無事なのか!」
「せ、先日まで武田軍にいたのだが……突然、その…煙のように消えてしまったのでござる。彼女が黙って出て行くようにはとても思えぬ…」
真田幸村の肩を掴んで前後に揺さぶる。がくがくと動きながらも彼は答えてくれた。
和泉が、自分が生涯を誓った主が、いるのだ。この時代に。

首を振った真田幸村の向かいで青の男――伊達政宗がその尖った顎に手を添えた。


「Honeyはそんな恩知らずな女でもねぇしな……」
「今佐助が忍を使って捜索している最中でござる。政宗殿は雪宮殿を気に入っておられたため、何かご存じではと思いこの真田幸村、米沢まで馳せ参じた次第。」
「残念だがHoneyがいなくなったなんて初耳だぜ、真田幸村。」
「そうでござるか……」
二人の会話だ。
伊達政宗の声に真田幸村は目に見えて落ち込んだ。


「雪宮殿は変わった婆娑羅を持っているはずでござる。他の軍に狙われてしまった可能性も……」
入ってきた時ははつらつとした印象をスノウに植えつけた彼は、がっくりと肩を落としている。
それを横目で見つつ、伊達政宗がスノウを見た。


「Hey、スノウ。」
「なんだ。」

ヘイってなんだヘイって。
そう思ったが呼ばれたので短く返す。
そうすれば隻眼が楽しげに細められた。そこにあったのは興味と少しの好奇心。


「主、って言ってたな。」
「ああ。」
「Honeyは姫か?」
「違う。」
「じゃ、なんだ?」
「何故それを俺に聞く。」

スノウは主である和泉の素性などこの二人に言うつもりはなかった。
彼女のことをわざわざ話すなんて裏切り以外の何物でもない。



「俺が武田のおっさんに会いに行った時、中庭で猫を助けていた変わった女がいた。」
「猫を……?」

真田幸村が首を傾げた。
それに頷いた伊達政宗はふっと口元を緩めて立てた膝に腕を回す。


「猫は高いところに登っても、放っておけば降りてこられる。それをその女はわざわざ助けに木に登り、噛まれても猫に微笑みかけて、そして猫を抱えて降りて来た。」
「……それが雪宮殿…?」
「まあ聞けよ。俺はその女に言った『なんで助けた?』女は驚いたようにでかい目を丸くした。俺はその女も周囲の目を気にしてそういう行動を取って、そしてちやほやされんのが好きなんだと思ってた。だから黙った女にこう言った『所詮はあんたの偽善だ。偽善は意味のないものだ。』と。」
「……主は、そんな方ではない…」
「その女、俺の言葉を聞いてなんて言ったと思う?」

伊達政宗はとても嬉しそうな笑顔を浮かべて、隻眼をスノウと真田幸村に向けた。


「『その通りです。』って言ったんだ。」
「主……」
「俺は驚いた。なんで必死に否定しないのか、怒らないのか分からなかった。でもその女は怒るどころか俺に笑いかけたんだ。『偽善でも構わない。それでも助けたかった。』って言ってるように見えた。そして…」
「そして…?」

伊達政宗の声を、真田幸村が反芻する。


「惚れた。」
「は?」
「惚れた相手のことは出来るだけ知っておきたいだろ?しかし猫を助けるなんて世間知らずくらいしか思いつかねえ。だから…」
「主が姫かと聞いたのか。」
「That's right!(その通り!)」
「…主は権力者の生まれではない。」
「ああ、そんな気もしてた。深窓に座ってるだけのご令嬢じゃ木に登るなんてのは出来ねえだろうし。」
「政宗殿……」

呆れた。真田幸村も脱力している。
…前々から感じていたがやはり主は男ホイホイのようだ。ただでさえ悪い虫が付きまくって迷惑しているというのに…(雲の守護者とか!霧の守護者とか!!次期十代目は良いとしても雨の守護者とか!十年後の雷の守護者とか!!跳ね馬とか鮫とか堕王子とか!以下エンドレス)。

いやしかし、そんなところも主の魅力なのであって……!



「Honeyはcuteだぜ……あの足もたまらねえが、照れたように真っ白な頬を染めて笑うあの笑顔…唇とか桃色で吸いたくな…」
「破廉恥でござるぅぅぅぅぅううう!!」
「ぶっ!」
スノウがぶつぶつと悩んでいる後ろで伊達政宗が真田幸村に吹っ飛ばされて宙に投げ出されていたが、そんなこと知らん。
主はやばい。ホイホイどころかバキュームだ。

これ以上変な虫つけないでくれ主……!



それはスノウの切実な願いだった。
 

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