triste

 兎は射抜くのを自覚せず





「いえ……なんでもないですよ。」
「嘘。…和泉っていっつも嘘つくよな。」
そんな顔、しないでほしい。
そう思ったから無理矢理笑みを貼り付ける。でもそれは効果がなかったようで、前田さんはじっと私を見た。


「自分の感情を、押し込めるための嘘。」
「……」
「吐き出しちゃいなよ。苦しいだろ?」
ああ、残酷だ。そんな優しい声で、優しい顔で……そんなこと言うなんて。
涙が出そうになる。



「どうしたんだい?」
「…あ……」

二回目のその言葉。
私は俯いて視線だけで前田さんを見た。相変わらず前田さんは優しい笑顔でにっこりと微笑んでいる。

「あの……怒ったり、しませんか?」
「もちろん!」

どんと胸を叩いた前田さんは、明るい笑顔(これもどこか寂しそうに見える)を私に向けた。
私は意を決して口を開く。



「ま、前田さんが……」
「え……俺?」
「笑ってるのに、悲しそうだったから。どうしたのかなって思って……」
「……!」

私の声を最後に音が途絶え、目の前の彼の表情が凍っているのが手に取るように分かった。
静かな空間とは相反して、私の心臓はどくどくと脈打っている。緊張、なんてしばらくしてない。


(や、やはり言うべきではなかったんだ……)
今更自分の失態に気付いて私は血の気が引いた。彼にも理由がある。
別に彼が悲しそうに笑っていたって私に害があるわけじゃないのだから、やめろと言ったわけではないけど…取り消して謝ろう。


「ま、前田さ――!」

ぎゅう。
言いかけたところで私は暖かな何かに包まれた。目の前に、夢吉さんがいる。
…ということは、この黄色い布は…前田さんの洋服?
……ということは、私前田さんと密着してるってことで……ハグ、ですか?

(戦国時代の人って、ハグするの……?)
妙な結論に至った私は、そのまま彼のされるがままになっていた。
首にかかる吐息がくすぐったい。
身じろぎした私を、前田さんはもっと強く抱き締める。


「……――た…」
「え…?」
「おちた…」

おちた?なんのことだろう。
私が目を見開くと、目の前の夢吉さんがひょいと前田さんの肩から降りてどこかへ消えてしまった。

「和泉、」
「は、はい……?」
ハグしたまま前田さんは私の名前を呼ぶ。
もぞもぞと肩の辺りが動いた。多分、前田さんの頭が動いたんだと思う。


「それって素で言ってる?」
「す?…ってどういう……?」
「あはは、分からないんだったらいいや。」
「?」

そう言って前田さんはすりすりと擦り寄って来た。
背中に回った手は、とても大きな逞しいもので…力強いのに、優しい。

「へへー…。」
すぐに前田さんは私から離れて、へらりと笑顔を浮かべた。


「…あ!」
「な、なんだ?」
「今の笑顔、とても素敵です。」
「……そっかな。」
私の声に驚いていた前田さんに率直な感想を述べる。すると彼は照れくさそうに視線を逸らした。
それに頷いて、私は彼の大きな手を握る。両手で包んで前田さんを見上げた。



「前田さんは素直な表情が一番です。」
「……ありがとな、和泉。」
「どういたしまして。」

そう言って、二人で笑う。
こんなに笑ったのは久しぶりだった。

(綱吉、くん……)
ファミリーを、思い出してちょっとだけ泣きそうになってしまう。
でも、前田さんが私の頭を撫でてくれたから涙は引っ込んでくれた。


「和泉、」
もう一度抱き締められて、首に擦り寄られる。くすぐったくて思わず体を引いてしまった。
名前を呼ばれたから顔を上げれば彼は、初めて出会った時のような何かを企んでいる笑顔を浮かべる。

なんだか嫌な予感がする……のは気のせいですよね…。



「俺、あんたに惚れちゃったよ。」
「え……?」
「全力で落としにかかるから、これからよろしくな!」

きらりーん。
そんな効果音が聞こえそうなほどの清々しい笑顔で、前田さんはそう言い放ったのでした。
 

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